八ヶ岳 旭岳東稜

2015.3.21-22
L.高坂、田中 高坂記


3/21
美し森駐車場(07:17)-(09:21)出合小屋(09:52)-(10:17)旭東稜取り付き-(13:19)五段の宮基部
3/22
五段の宮基部(05:55)-(07:15)五段の宮終了後のビレイ点-(07:56)旭岳-(10:40)出合小屋-(12:30)美し森駐車場

仕事に忙殺されて年明けからはフリーとアイスにしか行けておらず厳冬期をやり過ごしてしまった。そろそろ復帰しないとな、そういえば旭東稜が残っていたなと、営業を掛けたら田中が乗ってくれたので、彼の都合の付く春分の日の週末に計画した。この時期であれば出合小屋に前泊してのワンデイアタックも十分に可能だが、やはり自分は荷物を持っての登攀が芸風だ。静かで景色の良いところでお酒が飲みたいということもあり、稜上一泊の計画とした。

美し森駐車場はすでに春の陽気だった。ワカンは車に残置とし、渡渉対策でストックは持って行く。既に何パーティーも出発準備をしているので渋滞が気に掛かる。
林道の雪はピンポイントで締まっており、そこを外すと踝くらいまで埋まってタメ息が出る。こんな平坦なところでも田中に遅れ気味でやれやれである。渡渉は特に問題となる箇所もなく出合小屋には2時間程で到着した。2人x3パーティーが準備中で、そのうちの1パーティは同じく旭東稜の様子だ。
ハーネスを装着している間にも4人P、2人Pと続々と上がってくる。小屋脇にストックをデポして出発。
5分も掛からず赤岳沢と権現沢の出合に到着。地形図とトポを確認し、権現沢に入る。上ノ権現沢との出合にツルネへの道標があり、これが旭東稜の末端を示していた。
上ノ権現沢を数10m進むと左手の尾根に向かうトレースがあったのでこれに乗り、明瞭なトレースを追って高度を稼ぐ。途中で両側が切れ落ちた箇所のクライムダウンがいくつかあったが、今回は雪や岩の状態が良くロープを出すようなところではなかった。
横浜蝸牛の若者二人に追いた時、その前にも今日付けられた足跡が確認できた。五段の宮の取り付きで幕営地は確保出来るだろうか。
休憩中に後続のガチャの音も聞こえて来たので、遅れがちな自分は田中に「悪いけど先に行って幕営地が無ければ引き返して」とお願いをする。
五段の宮手前の急な登りにはバケツトレースが付いていたものの、これをまた降りて登り返すのは勘弁してほしい。
時刻は13時。幕営地が確保できなければ今日中に抜けてしまおうか。それにしたって背中の食材はあまりに重たい。

蝸牛Pに続いて岩場の基部に着いたとき、幸いにして他には登攀中のパーティーがフォロー二人を残すのみであった。稜上の一番幅の広い場所は蝸牛Pが確保していたので、彼らに断ってその先の岩場基部に近いところの造成に取り掛かる。広くて快適なエスパスの2~3人テントはこんなときには不利だ。去年の白馬主稜でもやっぱり田中と同じようなことをしていたな。
テントを張り終わるころに2人Pが上がって来て、決して広くは無い稜線上にテント3張が縦に並んだ。水を作りながら宴会を始めるも、田中は高度障害を気にしてかあまり酒が進まない様子。自分も久しぶりの歩きで疲れたのか、持ち上げたお酒を随分と残して、おそらく8時過ぎに沈没。

3時起床。日の出は5:45だが天気予報は晴れだったので、5:15あたりから登れるのではと考えていた。
しかしガスが出ていて、テント撤収までの準備が終わってもまだ岩場は暗い。他の二つのテントの動きも鈍いのでテント内でしばし待機の後、5:15にはテント外に出る。そんなまったりした朝は、撤収中に見えた登ってくるヘッドランプで緊張の展開になった。
小屋を3時に出発した日帰りの4人パーティーは五段の宮の取り付きでハーネスの装着を開始し、4人のうち2人の準備がまだ終わっていなかった。あとはロープを結ぶだけの私が遠慮がちを装って「先に行かれます?」と問うと、快く先頭を譲ってくださる。(どうも我々がテント撤収を済ませていなかったと思っていたようで)タッチの差で本日の一番手を頂く。まずは高坂リード。

一段目: 岩が冷たくないので素手で取り付く。取り付きのリングボルトから離陸し、右上すると潅木に残置スリングが掛かっていた。そこから左に戻る。アックスを握る手が冷たくなったので手袋を装着。
二段目: クラックに左手を突っ込んで、まだ動きが渋い足を高く上げて立つ。立ち上がっては右手のホールドを探し、ハズレを引いては足を戻すを数回繰り返すうちにアタリを拾ってクリアー。
三段目: 一瞬、カンテの右の雪の残る部分が使えそうだったけれどホールドが無い。左のクラックの残置ハーケンにヌンチャクをセットしてこちらから探る。アンダーガバを左手で取って乗りあがる先に右手が無く、ここまで荷物でしかなかったクォークを草付きに刺して体を引き上げる。
傾斜が緩くなった先の潅木に残置スリングがあり、ここでピッチを切る。田中を迎え入れ、続くピッチもリードを譲って貰って出発。

四段目、五段目: カンテ右のバンドを進み、簡単な斜面から木登り交えて稜上に乗る。五段目との境が判然としないまま雪の痩せ尾根に乗り、雪庇に注意しながらビレイポイントを求めてロープを伸ばし、40mくらい出して潅木でピッチを切る。朝の締まった雪だから良いけれど、午後の腐った状態だったら緊張しただろう。振り返ると雪庇の上に乗った踏み跡もあり、自分はそこを踏んでいたのではないかと思いゾッとする。

ここではロープを畳むのも窮屈なので田中に適当なところまでロープを引いて貰う。45mくらい出たところで平らな場所が見つかったようで、追って行くと座って肩絡みでビレイをしてくれていた。

もう危険そうなところはないのでロープを仕舞い、トレースを追って青空の広がる山頂で握手。

気持ちの良い稜線を下りツルネで休憩。ここからの下りもバケツで迷うこともなく出合小屋まで下り、前日より若干緩んできた道を歩いて駐車場に戻った。

無風晴天、雪の無い岩稜、バケツトレース、一番乗りで渋滞無しと、こんなので良いのかというくらい楽な条件に恵まれた山行だった。
こんなことされるとGWへの欲が出てきてしまうではないか。その前に体力を戻しておかないと。

(田中 記)
荷物は最小限に軽量化し、任されるであろう荷物への準備も万端だ。
ただ、歩荷トレも兼ねているのか、重い荷物は高坂先輩が手放さなかった。
そんな気持ちを喜んで受け入れる後輩。

待ち受けていた五段の宮は、温かい雰囲気で迎え入れてくれはしたが、5mで両腕がパンプした。
リードで取り付かなくてよかったと心底思い、1P目で心がめげていたので、次のピッチもリードをお願いした。
スメアリングもできない、カチもちもできない、いつ崩れるかわからない雪に慣れることができなかった。

なんだか雪稜、雪壁の記録はこんなのばっかりだ。
いつになればまともな登攀が出来るようになるのだろうか。
(続く?)

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