前穂高北尾根縦走

2015/9/20-22
長谷川 単独


それは虹を登りに行く事なのだ、と思う。子供ならみな思うはずなのだ。空に掛かった虹を見上げ、こちらの端から向こうの端まで歩いて渡ってみたいと。屏風岩に端を発し前穂高に繋がるスカイラインを、涸沢カールにいる者は皆目にするだろう。それを最初に登った者は、穂高の山並みに掛かった虹を登りに行こうとしたのだと思う。
いつかその尾根を登ろうと、行くなら必ず末端から登るのだと決めていた。5・6のコルから登るのでは何の意味もない。誰が虹を中途から登ろうと思うものか。端から登るからその先の空にある何かを夢見るのだ。今年の秋は例年になく長い連休があり、こんな機会はもうないだろう。天気も良さそうだ。決行。

(ここで主題歌。ミュージカルの古典映画「オズの魔法使い」より、ジュディ・ガーランドの歌で「サムデイ・オーバー・ザ・レインボー」をどうぞ)

仕事や諸々の都合で連休初日からの出発は出来ず、日曜朝始発の小田急から電車バスを乗り継いで、上高地に着いたのがほぼ正午。昼飯とトイレと登山届を済ませ、徳沢へ向かう。この道をパートナーの「K」と走ったのはもう12年前だ。穂高屏風の雲稜ルートを登りに来たのだが、誰よりも下手くそな我々はその分誰よりも早く取り付こうと、横尾まで2時間で朝から走り抜けたのだ。今回はそこまで急ぐ必要もないのだが、気がつくと前にいるハイカーをいちいち追い抜きにかかっている。新村橋を渡りパノラマルートの登山道に入ったのが2時。この道も一度歩いている筈なのだが、もうほとんど記憶から消えている。
奥又白の分岐は、今回谷から山を見上げながら歩く事で初めてわかった。その先に続く斜面のトラバースは何となく見覚えがある気がする。4時を過ぎルートの上部に入ってからは、もう誰ともすれ違わなくなった。右手に大きな岩が現れたところで稜線に出た。屏風の頭と、涸沢と、徳沢方面とを示す道標が立つ。ここが最低コルだ。分岐のすぐ右手に丁度テント一張り分の平らな地面があった。5時過ぎ幕営決定。
ツエルトを立て、薄暗くなってコルから先へ少し歩くと涸沢が見えた。赤や黄色や緑のテントが地に咲いた紅葉のようだ。時に声も響いて来る。だがここは自分独りの別天地であることに満足する。

12年前、「K」と自分は雲稜ルートに取り付き、一夜のビバークを経過して屏風の頭に立った後、このコルからパノラマルートを下山した。現在雲稜ルートは上部の崩壊が進み、多くのパーティーが懸垂下降で帰るという。だが初登攀者は言うのだ。雲稜ルートは前穂北尾根へ継続登攀する計画であり、初登でそれが成し遂げられずに終わったのは失敗だった、と。
「失敗」と言うところにクライマーの矜持を見る。まだその先がある、と言っているのだ。である以上北尾根へ踏み出す地点まで登り詰めねば、登攀を完了したとは言えないのだ、雲稜ルートは。悪くなったから良いところまでで終了というのは、スポーツルートの開拓の話ではないのか。泥壁を登る努力も巻道を探す努力もせずに終わって、それがアルパイン・クライミングなのか? それで楽しいか? これを越えた先に何があるのかと夢を見ないのか? テキスト通りの事をやって失敗せずにいればいいのか? 夢はどこにある?
真っ暗になり8時頃だろう。どこからか声が近づいて来た。まだ若い男が2,3人。パノラマルートに出た、と言っている。多数の金属音を響かせ、涸沢へ向かう。パノラマルート以外の道と言えば・・・
屏風岩しかない。クライマーだ。やはりまだいるのだ、こんな連中が。

朝が来た。ツエルトを撤収し荷造りを済ませ、最後に水を1.5リットルだけ残して捨てた。5時半に出発する。Kよ、今回独りだがいよいよ我々の雲稜ルート第2部開始だ。
涸沢方向へ歩き出して程なく、涸沢への道は尾根を外れて右下へ向かう。目の前の尾根には古いロープで通行を封鎖している。が、言い換えれば通るなと言うのはここが道だという意味だ。では、行こう虹へ。
原始の藪山だった。年間何人が入るのだろう、思いのほかあるトレースに踏み入るが、やがて急登に差し掛かるとトレースが消えた。尾根筋に進んでみるがかたい這松の藪に阻まれる。左に巻く跡もあるが、尾根を外れるだけでこれは獣道だな、もどろう。どうする? じつはあえてあまり記録を調べていないのだ。もちろん事前に色々参照はしているが印刷して持ち歩くような事はしていない。初登者のように現場で山に向き合いたかったのだ。
進むのは尾根だ。トレースではない。直登した。這松にあたった。右の斜面に巻くと倒木に隠れたルートが見えた。前進する。
完全にジャングル戦だな。ストックをしまい沢用のバイルに持ち替える。急登が続きブッシュの根を掴みバイルを突きたて、地形に沿いながら重荷にあえぎつつ登り、進路を時折失い右往左往しながら腹の中から込上げてくるのは・・・何て楽しいんだろう! 快適さは皆無。あるのは自分の感性が解き放たれて行く開放感。皮肉にも、藪に阻まれた中にこそそれがある。
突き抜ければ透徹した淡青の秋空。もうすこし登ると8峯ピークの草原が待っていた。7時。おお、手こずったことよ! 振り返り、ここは実はかなり大きな山だったのだな。
小休止を取り7峰へ。藪は続くも進むにつれ足元のトレースは明瞭になったが、ブッシュを掴んでは押し倒す、腕力沙汰のちょっと(かなりか)泥臭い山登りが依然続く。這松のリッジを越え6峰へ。
このあたりから藪山というより、藪まじりの岩山という感じ。正面突破は出来ず、登路を求めて奥又白側から右上する。いいところを探りながらリッジラインを行くと、大岩の基部に出た。タヌキ岩というらしくハーケンも打ってある。右から回って越すとほどなくピークだ。
息を付きながら周囲の景色に見入る。コルへの降り口が立っていて、古いFIXがある。と、5峰に進む先行者が見えた。どうやら独りの様子。ん? どこから来た? もしや同類か?とにかくまず下降に専念。FIXは怪しいので使わず、ホールドはしっかりあるのが見えたのでクライムダウン。が、最後の2メートルで足が届きそうになく、やむなく残置にすがった。

5峰に先行者。その先4峰にもパーティーがいる様子。ここで9時頃。ひと峰1時間として残り5峰。終了2時か。下山リミットぎりぎりだな。急ごう。
コルへの下りはざれた斜面で、道脇の這松を掴みながらじわじわ進むが、下りきるまで怖かった。しかしここが5・6のコル。ここからは明瞭な「一般北尾根」なのだ!

涸沢カールを見下ろし思う。みんなここから上がって来るというのだが、どうやって? 俺下降ルート知らないから、敗退しても帰れねーよ。
コルから5峰へは高差はあるがどうという事は何もない。正直なんにも印象がないから(前半のインパクト強すぎ)ただ歩いて登ったのだろう。ピークで先行者に追いついた。長身の50代位(つまり同年代か)で、前夜は8峰で泊まったそうだ。お互い、まさかこのマイナールートに自分以外の人が来るとは、と言い合って笑う。ここに同志がいたのだ。
この先から互いにつかず離れず、時々様子を気遣いながら進む事になる。

4峰は全体が険しい岩峰という印象だが、特に顕著な岩や壁があるわけでもなく、とらえどころのない嫌らしい気配を帯びている。自分が先に取り付いた。岩の形状を見ながら登路を探って行くが、ただ弱点をつないで登るというのとも少し違う。何か本能的にここは嫌な岩場だと感じ、多少立っていても堅牢で安定した岩を叩きながら行く。中間部の涸沢側でガバホールドを触るとたわいなくもげ、そっと持って足元の平らな岩に置いて、下に人影がないのを見て改めてぞっとする。更にひと登りで稜線上の安定部についた。後続は奥又白側から来る様子で、ここは待とう。
姿が見えた。後2メートルほどで突如短く声を上げ、岩の転落音。
「もげたあ。うわあ、怖いな」「大丈夫ですか」「うん、いやびっくりした」
とりあえず安定した体勢らしい。ロープを出す事も考えつつ様子を見ると、やがてじわじわと上がって来た。
「いやあ、悪かった」とさすがにへたりこむが、落ち着いて行動してくれて良かった。
脆い、という情報は自分も聞いていた。脇に逸れるほど悪くなる傾向は沢でもあり、それを恐れて稜線から大きくはずれないルートどりをしてきたのだが、それがやはり正解なのだろう。二人ともからからになった喉を湿して休憩を取る。
気を取り直して3峰へ向かう。が、立っている。威圧してきている。
「どこを登ろうとか、決めてますか」と問われ「いや、さっぱり」と俺。そんな事目の前で岩を見るまでわかるものか。ここで迷っても仕方がないのだ、行こう。レリゴー!

3・4のコルから岩を見上げると、そこにはまだ2パーティーがまだ核心部前後に取り付いていた。フォローがけっこうもたついているから、まだビギナーかな。あわてなくていいよ、こっちだってそんなに速く動けないもの。
核心の壁まではガラガラしたところを適当に進む。基部に着いた時には先行は抜けた様子。今回も「どうぞ」と言われ、自分が先に登る。が、どこから?
真正面はのっぺりしたフェースでどうしようもない。左の奥又白側に回り込んだ。見上げると、カンテライン左にピトンの連打。登路は明らかにその先へ伸びていた。ここからが本来のクライミングへモード・チェンジ。足を上げ、ホールドに手をかけると、岩がしっかりと受け止め応えてくれる感触。ああ、これで間違いなく登れると確信。
登って行くとフェースの上の小テラスに出た。正面に大チムニー。その右にスラブ。自分はスラブに、ソロの同志は果敢にもチムニーへ。スラブは上がってみればしっかりしたフレークが随所にあり、簡単に上れた。チムニー内では苦戦の模様。
右の涸沢側に回り込む。凹角というのかガバフレークを掴んでぐいぐい登れる。一瞬レイバックの動作になり体を宙に投げ出す事になるが、不思議にさして恐怖感はない。穂高連峰の大絶景の中、一万尺の高みでフリーソロに没頭する充実感! ホールドを確かめ、体の動きとバランスのコントロールに集中すると、荷の重みすら苦痛でなくなって行く。
登りきった。ピークを越え、中腰のステゴザウルスの背のようなナイフリッジを下り、もう一つ先のピークの手前で後ろを見て待っていたら、なんと人影がピークを右から回り込んで前にでている。あれ? 慌ててピークに行くが切り立って降りられない。
「涸沢側からまわると懸垂しないで簡単に出られるんですよ」というので、笑ってしまった。
まあでも、ここはあえてロープを出す事にした。じゃないと持ってきた意味がない。そう告げると、ソロの同志は頷いて先へ。10メートルもない距離を懸垂下降し、ロープをしまっている間に誰の姿も見えなくなってしまった。急いで先の小ピークへ行くがはて、この先はどう行くのだろう? 降り口はどこだ、と探していると、左手先に人だかりがある。ようやく気がついた。どこにも行く必要がないのだ。終わったのだ。虹を渡り切ってたどり着いたのがここなのだ。

なにせ初見なのでどこがどのピークなのか、正確に把握せぬままいつのまにか突破したらしい。
本峰には2パーティー、2ソロが連続してたどり着いた模様。近づくとソロの同志が笑顔で迎えてくれた。互いにお疲れ様を言い合う。
「北尾根の核心は結局、8峰と4峰でしたね」と彼。「8峰ね、それを言っても誰にもわからないだろうけど」と俺が言い、うなずきあう。でも我々二人にはわかるのだ。
先に着いた2パーティーがたどった北尾根と、我々がたどった北尾根は別なものなのだ。別な世界。
虹の果てにオズの魔法の国はない事など最初から知っている。が、我々だけが手に入れた宝は確かにあるのだ。それをザックの中の秘密の場所にしまい込み、帰るとしよう。
2時半になっていた。バリエーションとさして変わらぬ悪い道を下り、岳沢に着いたのは5時過ぎ。小屋へテント場の手続きに行くと、先に着いたソロの同志が小屋前で休んでいた。
これから更に下山して小梨平で湯に入るのだ、と言う。夜道お気を付けて。ソロ同志互いに気遣いながらも馴れ合うこともなく登りきり、結局名前も聞かずじまいだったけれど、同志よ、あなたを尊敬する。世の中にはまだ夢と志を確と持ち、独り励む山屋がいるのだなあ。
テン場は満員で川原でもどこでも好きに張っていいと言われた。だが疲れたせいか、ツエルトをうまく張る事が出来ずに諦めてしまい、大岩のゴーロ帯で岩に囲まれた窪地にロープを渡し、ツエルトのフライをタープ状に張ると、図らずも素敵な岩小屋というか、断然かっこいい魔の秘密基地のようになった。これこそオズの魔法でなくてなんだろう?
この時のために持ち上げた酒とつまみで、乾杯を何度も何度も重ね、12年と12時間かかった長い長ーい山行を打ち上げた。
付記:今回はロープを使用しなくても可能ではあったと思う。が、この記録の紙切れの上でそれでいいから、この山では必要ではない、という安直な判断はしないでいただきたい。軽量化という言葉を免罪符にしないでほしいのだ。自分は十数キロを背負ってこなしているが、ソロでリスクを全部負うための荷の重さであり、その苦から逃げる言い訳の「軽量化の努力」を先行するのでなく、動ける体力をつける努力を優先するべきだと思うのだ。
まあ、でも無駄力は随分使ったけど。

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