飛竜~和名倉山縦走

2014/11/2-3
長谷川  記 長谷川


この連休は不思議に東京周辺だけは好天に恵まれるらしいのだ。秩父あたりのルートを探していて、地図を睨むうちに、一本のラインだけが地図のど真ん中に忽然と浮かんで来た。
奥多摩湖と秩父湖をつないで、秩父主脈をまたぎ南北に長大な尾根がうねっている。南のピークに飛竜山。北のピークに和名倉山。ここを一本のルートとして見る者はほとんどいないだろう。なぜなら、和名倉山は「主脈」から外れて孤立した「秘境」であり、ピークから秩父湖への二瀬尾根は所要時間も測れない、荒れたあくまでサブルートだと思われているからだ。
否。実際以前、和名倉沢を遡行し湖へ下山した経験から、二瀬尾根は現状普通の登山道のレベルとして考えて良い。ならば、これはやはり一本の一際大きなルートと言えるのではないか?
便宜上、尾根の一部区間だけ切り取って「秩父主脈」と言い、更にそこから外れたピークを異端扱いするくらいならば、湖から立ち上がり湖で終わるこのルートの方が完結しており、「多摩秩父南北縦断主脈」と言うくらいの資格がありはしないか? ならば和名倉山はその盟主として復権し得るはずだ。

日曜の朝、4時に起きて奥多摩7時発の鴨沢西行のバスに乗る。バスは満員だったが、皆雲取の方へ行く様子。終点の奥多摩湖のはずれから親川まで歩き、天平(でんでいろ)尾根へ向かったのは、自分一人。
暫く谷を右に見ながら山腹トラバースで登り、後山の集落跡からひとしきり林を急登すると、開けた尾根に出た。ここからが長く緩い天平尾根だ。飛竜まで、およそ4時間を見込んでいる。実はこの尾根が好きなのだ。過去登り下り合わせて3度は歩いている。いつ来ても静かで、ごくまばらな登山者とすれ違うだけ。山の気配を楽しみ癒されながら、何者にも煩わされず自分のペースで歩けば良い。
途中に広いキャンプ場になりそうな箇所がある。廻り目平らのようだ、といつも思う。だが残念ながら水場がないのだ。他にもビバーク出来る場所はいくらでもあるのだけれども。
中間部のサオラ峠を過ぎてややすると、道の様相が変わり出す。林の中を縫うように進んでいたのが、顕著な尾根筋に入り傾斜も少しずつ増して来る。その分展望も明瞭になり、周囲どこもかしこも山並みがうねりひしめいて、自分は本当に山の只中に入り込んで来たのだなあ、と思う。
傾斜が更に増し、露岩が出てくるとようやく、前飛竜のピークに着いた。風にさらされ寒いので落ち着いて休めず、すぐに次の飛龍へ急ぐ。このあたりで、そろそろ時間を心配し始める。
飛龍権現の小さな小さな祠に着いたのが、1時半頃。道中無事を願って、神様にバーボンの御神酒を一杯。風を避けて山陰に周り、ようやく小休止を得た。
将監小屋までは、アップダウンの少ない山腹の道を2時間半。4時は回るだろう。4時半には着かねば厳しい。多分大丈夫だ。十年弱前だが、同じ道をほぼ同じ時間経過で辿った経験があるのだ。その時2日目は、奥秩父主脈を雁峠まで歩き、新地平へ下ったのだった。
飛竜をこえてからは、風も尾根に遮られたらしく暖かくなった。大分傾いて山にくっつきそうな太陽を、追いかけて急ぐ。飛龍まではちらほらすれ違ったハイカーも、ここまでくればもう一人もいなくなった。竜喰の下を通り過ぎると、谷筋の先にあるのはあれが峠だな。ようやく草原の中の山小屋が見えた。
4時をやや過ぎて小屋前に到着。予想よりも大分人が多く、時間が遅いのでもう良いテント場は取られてしまっていた。疲れて面倒臭かったので空いている場所にさっさと張って、初日終了。

就寝は、ワインをしっかり体に充填して8時過ぎ。朝は4時過ぎに起床。5時半の日の出に合わせて撤収を終え、将監峠へ草原を登り始めた。昔ここから、ピストンで和名倉山へ登り戻った事がある。その時も既に道はしっかり踏まれ、藪もひどいものではなかった印象がある。現状、年間2千人ほどが登っているとの話もあるようだし、ガイドのツアーも多いのだろう。小屋の客もそのての団体らしかった。
山の神土で秩父主脈と道は別れ、北へ伸びる尾根へ入って行く。昔の記憶通り、暫く笹薮の山腹トラバースが続く。1時間ほどの藪道の後、露岩の尾根の上に出るとほどなく、西仙波~東仙波のピークの連続で、展望が一気に全方向に展開してとても楽しい。どこもかしこもどこまでも山。しかし和名倉山はまだ遥か先だ。秩父の山は、北アルプス以上に深いなあと思う。
道はまた様相を変え、樹林帯となる。顕著だった尾根筋が一旦広い潅木帯に入るところで、急にトレースが不明になってしまった。やや焦るが目指す方向はわかるので藪を突っ切って進むと、左手からのトレースに再び合流した。この先トレースが途切れる箇所が幾度かある。
川又の旧道との分岐を小さな標識板に従って進むと、林が切れて草原状の登りから右へ伸びる尾根が見えた。
その先がピークだ、と思う。数歩登って、トレースは尾根へ向かわず右へトラバースして行く。奇異に思うが一応従い進んで行く。が、数分経って間違いに気づいた。ピークから離れて行くのだ。引き返したところで、後から登ってきた熟年夫婦ハイカーと出くわした。
「トレースがあるので右に進んだけど、ピークに出ないので戻りました。ここを上へ進むと思うんですが」
奥さんの方が書き込みの入った地形図を取り出し「図だと右に行ってるけど。実際右に行く道があるんでしょう。そのまま行けばいいと思う」とのたまい、そのまま進んでしまった。
いや、だから図じゃなくてピークの地形じゃないと言っているのだよ。諦めて自分は上へ進むと、ちゃんとそちらにもトレースが出てきた。後でわかるが、右のトラバースは水場の道らしいのだ。
ひとしきり登りきると、二瀬分岐のはっきりした表示にぶつかった。10時過ぎ。ロスタイムはあったが、ここまで想定範囲内の時間だ。一息入れる。今回ピーク自体は割愛する事にした。過去2度踏んでいるし、今回はルートを一本に通しきるのが最優先だからだ。
目標14時半秩父湖着終了。では二瀬尾根へ。尾根に入ってしまえば2年前いったばかりだから、何も問題はない筈、と思っていたらいきなりトレースを外してしまい、また分岐までもどるはめになった。よーくトレースを探しながら、今度はしっかり踏んで行くと、やがて林を抜けて前回ビバークした箇所に出た。ここで本当に安心するが、やはりこの山は一通り歩き通さないと、けっこうわかりにくいと思う。コンパスがあっても、道自体がかならずしも尾根筋を踏まず、予想外の方へ入る箇所が多いように感じる。
今はかなり枯れてしまったスズタケのトンネル(の跡)を抜けると、道はいきなり沢方向へかなり強引に大下りを始める。多分ロープ5,6ピッチ分ほど。一体何が起こったのかと思うが、ようやく造林小屋跡に来て下りが止まる。
想像としては造林小屋へ登る作業道が先にでき、後に小屋から尾根に直上する道を無理やり引いたのだろう。前回はそこから森林軌道の残骸がまだ伸びていた筈が、見当たらない。撤去したのだろうか。ともあれ後は普通の良い登山道になり、振り返り周囲の色付き始めた山景色を見ながら、ひたすら癒されながらゆっくり下ってゆく。
吊り橋を渡って秩父湖を越え、さらに歩いてバス停には2時を少し回って着いた。長かったが、充実していた。これだけスケールがあり、多彩な内容に満ちたルートは他の山域にもどれほどあるだろう?
バスを待ちながら少し残しておいたワインを飲みつつ、漫画の「岳」で主人公が少年期の山登りを回想しての言葉を思い出していた。
「みんな、くればいいのに」

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