奥多摩 タワ尾根

2013/1/27
長谷川  記 長谷川


たまには普通のハイキングの記録。ただ本などでも紹介されておらず、ほとんどルートとして認知されていないルートなので、書いておく価値はあるかと思う。

位置としては奥多摩の最北部に近く、一杯水のヨコスズ尾根と、水松山と天祖山をつなぐ尾根にはさまれたあたりで、日原鍾乳洞から伸びて長沢背稜に合流する。以前一杯水からこの長い尾根を見て、ずっと気になっていたのだ。あれは何だ、登れるのかと。使い古しのハイキング地図には「タワ尾根」と名は表記されていたものの、ルートの線引きはされていなかった。だがつい最近あまりに使い古してぼろぼろになり地図を買い替えたところ、破線ルートとして引かれていたのだ。ネットで検索すると、どうやらぽつぽつ登られている様子。うーんやっぱり気になる。あーもう我慢できない。

日曜の朝5時に家を出て、奥多摩発7時25分のバスに乗る。終点の東日原から歩き、鍾乳洞手前の石山神社に着いたのが8時20分。神社の左横から登山道が入る。行き先を示した小さなプレートがあり「ミズナラの巨木 ただし道悪し」などと書かれている。登ってみるとなるほど、結構な急傾斜をジグザグにトラバースするのだが、非常に幅狭くかつザレ気味でしかも雪があちこち凍っている。正直怖い。ただ意外にも雪にトレースが残っているのだ。進むにつれて様子がわかってきたが、おそらく2,3人。多分先週の土日で、降雪後を狙って来たのじゃないか。自分以外にも物好きがいるなあ。

石灰岩の巨大な燕岩の岩壁を右に見てどんどん高度を上げ、最後は岩を左から巻いて越え、一石山のピークに出た。樹林帯の悪い急登から解放され、突然別世界へ。なだらかな雪原が広がっている。と、奥の灌木の間から重い足音を響かせて鹿が2頭、素晴らしいスピードで走り抜けていった。一瞬、ロッキーの山中に舞い込んだかのような錯覚。ここは彼らの楽園なのだと思った。多分わざわざここまでは、ハンターも来ないのだろう。ミズナラの巨木の道を道標が示し、雪原の緩い登りへトレースは続き、自分も追って行く。、30分ほど進むとその巨木はあった。

人形山の小ピークのすぐ手前に柵で囲ったミズナラの古木が。確かに立派で貴重なものなのだろうが、これを見るためだけに登って来る人がいるとは、正直思えない。にしても途中の登山道も石段を組んだり手を入れているのだ。誰の仕事なのか。不審に思いつつ、独り佇む古木と別れる。小ピークから道は北西へ方向を変え、尾根を緩やかに登ってゆく。

全天の青空。地は雪が敷かれているのに、顔の左半分が熱いくらいだ。陽を遮るものも、視界を遮るものもない。前後左右すべてに山の景観。自分の知る限り、奥多摩にこれ以上の展望が得られるルートはない。なのに、誰ひとりいないのだ。これは最高の贅沢に違いない。声を立てるのも惜しい気がして黙々と、だが嬉々として歩いてゆく。地形図を見ても緩やかな尾根が続いて行くだけで、さしたる特徴もなく単調といえば単調だが、飽きることもない。金袋山の小ピークは気づかずに過ぎてしまったようだ。さらに歩いてスズ坂ノ丸の開けたピークで小休止を取る。11時。タワ尾根ノ頭まで行くのは無理だなあと思う。帰れなくなる。この一つ先のピークまでは行くことにしよう。目標12時着。

しばし緩く登ったあと露岩が出て急登が続き、ほぼ12時にひょっこりと樹林に囲まれたピークに出た。ウトウの頭だ。誰の手によるのか、木に鳥の絵が描かれた板が付けられていた。ウトウとはそういう名の鳥のことらしいのだ。この山だけは展望がなかった。先は見通せないが、タワ尾根の頭まではまだ多分1時間半はかかるだろう。今回はここで帰ろう。

往路を下ってゆく。しばし歩いては振り返り、また歩く。どこまでも誰もいない。立ち止まって耳をすますが、風もなく、時々鳥の声が響くだけ。とても気分がいい。この瞬間に世界が終っても、まあいいやと思う。自分だけの山を手に入れたのだから、満足だ。ただ膝が悪くなっているのが悲しい。最近CWXを着用しないと歩けなくなっている。山屋としてはもう、晩年にさしかかっているかも知れない。

人形山の手前でトレースが二つに分かれていた。左の方には、登りでは気付かなかったが立ち木にペンキマークがついている。新しく買った山地図には確かにそちらにもルートを示しているし、往路の一石山の道は下るには悪いので、左の道に入った。ただここも「破線ルート」であるのが不安だったのだが。しばし緩い下りが続き左に樹林が入り、少し傾斜が強くなりかけたところでまたペンキの付いた木があったのだが、その先で突然トレースが消えた。地面が露出したからでもあるが、道そのものが見当たらなくなったのだ。目印を付けた木も見つからない。周囲の様子を窺うが、踏み跡もない。右の下りを覗くが切れ落ち気味で駄目だろう。左を覗くと30メートルほど下に支尾根が伸びているのが見えた。地図とコンパスを出して方向を確認する。図のルートよりも東にずれる感じだが、この場で現実に進めるのはあの支尾根だけだろう。

ややざれた坂を踏み場を探してじわじわ下り、痩せた支尾根にたどり着いた。尾根の右手に踏まれたあとがある。期待して進んで行くと尾根を巻いて明らかに明瞭な踏み跡がある。獣道ではなくまぎれもない「道」だ。ほっとして下りて行くと、小川谷林道の大きな曲がり角の間に出た。結局ここは登山道ではないようだ。仕事道的なものかも知れない。5分も行くと鍾乳洞の籠岩が見え、本当の登山道の階段が出てきた。どこかのポイントで踏みちがえたのだろうが、そう大きくずれたわけでもないか。まあ良しとしよう。

3時を回っていた。ただ問題はこの時間はもう4時過ぎまでバスはないのだ。と思っていたのだが、バス停へ行くと丁度バスがいた。どうやら団体ハイカーの臨時便らしかったが、便乗させてもらい早々と駅へ。このルートはまたいずれ、もっと雪の多い時に二日かけて歩き通したい。誰もいない山を独りで雪をわけながら行けば、トレースだらけの名ばかりの雪山バリエーションのメジャールートより、よっぽど楽しめるだろう。

戻る

Bookmark this on Yahoo Bookmark
Bookmark this on Google Bookmarks