八ヶ岳 赤岳西壁主稜、石尊稜、阿弥陀岳北稜

2012/1/7-9
鈴木博、福田、栃木、A  記 栃木


12月の集会で嵓に入会した時に博道さんが1月の3連休に八ヶ岳に行こうと誘って下さり、楽しみにしていた。その時は主稜を時間差(=混むため、わざと遅い時間に取り付く意)で登ろうと盛り上がっていたのだが、その後やたらに八ヶ岳ばかり行っていたためあきれられてしまったらしく、「訓練的な内容も考えているけど」と雲行きが怪しくなってしまった。「3日間で3本お願いします」と失礼を省みず自己主張したところ、受け入れて頂け、どのガイドブックにも初心者の登竜門として紹介されている主稜・石尊稜・阿弥陀北稜の3本をお願いできることになった。欲張りすぎたか、とやや反省していたが、直前にたまたまどんぐり山の会のブログを見たところ、年末年始で同じルート3本で冬合宿をやっており、しかもその合宿に都岳連の岩教室の同級生が参加していたため、妙な対抗意識が芽生えてしまった。天気もチェックしていたが、好天が期待できそうな天気図で、また福田さんも加わって下さることになり、望み通りに3本登れることを確信していた。

1日目(1/7、晴れ)
前夜22時に新宿に集合、A氏の車にて午前1時頃美濃戸口に到着。どのように仮眠を取るか悩んだが、結局快適さを金で買うという結論となり、八ヶ岳山荘の仮眠室で2000円払って仮眠。快適に睡眠を取り、6時起床、7時半出発となった。雪は前週に比べると多めで、50cm程度といったところか。行者小屋でテント泊の予定であったため、なるべく荷物は減らし、テント・食材をボッカする。思ったよりも時間がかかり、11時10分にテン場到着となった。すぐにテント設営、この日時間差攻撃する予定の主稜に向かう手筈となったが、ボッカにくたびれてしまった福田さんがこの日は留守番をすることに。結局、鈴木博・栃木・Aの3人で12時20分主稜に向け出発した。
文三郎道の階段を登り切ったところから左にトラバースし、取り付きには1時半頃到着。トラバースの雪面は固く締まっていた上、トレースもはっきりしていたため問題なかったが、この時間でも先行パーティーが2組(4人)おり、しばし待った後に登攀開始となった。これも積極的にお願いし、この日は栃木が全てリードをさせて頂くことに。

1ピッチ目 チムニーからリッジを右上したところまで。本やビデオで何度も目にしたチョックストーンのチムニーだったが、実際目にすると意外と小さく感じた。ホールド・スタンス共に豊富で、特に問題なく乗り越す。凹角を抜けるとすぐにリッジで、歩くようにしてビレイポイントへ。先行パーティーがいたため、岩角に支点を取りビレイ。A氏、博道さんの順に上がってくる。

2ピッチ目 岩と雪面のミックス帯途中まで。出だしがⅢ程度の岩場だが、問題なく越え、以後は岩と雪面のミックスをひたすら登ると、ペツルが打ってあったため、そこでビレイ。ここで先行パーティーと交錯し始める。

3ピッチ目・4ピッチ目はビレイせず、ロープを流すだけとしてひたすら雪面を登高、上部出だしの岩場まで。ここで先行パーティーから先を譲られたが、確保器を落としてしまったらしく、「余分なATCはないですか」と。博道さんが気前よく貸してしまったが、結局山行中には手元に戻らず、以後カラビナで半マストでビレイすることに・・・。

5ピッチ目 上部の岩場の出だしから稜上まで。岩場は右に回り込むように登る。最後はちょっとしたクラックから稜上に出ることになるが、そこがいくらか厭らしく感じた。次の先行パーティーにも追いついてしまい、やはり岩角でビレイ。

6ピッチ目・7ピッチ目はビレイせず、雪面を登高。6ピッチ目と7ピッチ目の間にⅡ~Ⅲ程度の岩場があったが、特に問題はなく通過。以後、ひたすら雪面を登っていると、稜線の登山道に飛び出した。

この時点で5時となっていたため、頂上はパスし、下りに入った。展望荘の脇で簡単に休憩した後、ヘ電で地蔵尾根を下降し、6時にテン場到着した。ところが、計画では文三郎道を下降する予定であったため、心配した福田さんが3人を探しに文三郎道の途中まで探しに出てしまっていた。博道さんがすぐに後を追いかけたが、結局追いつけず、帰ってくるのを待つことになってしまった(福田さん、すみませんでした)。無事全員帰投後は、ビールで乾杯し、味噌味の鍋の夕食。9時半頃の就寝となった。

2日目(1/8、快晴)
5時起床、雑炊の朝食を取り、7時出発。この日は石尊稜を登ることとなり、鉱泉へ向かって歩みを進めた。途中、さすがにすごい人出で、東京雲稜会の前田さんなどともすれ違う。以前、石尊稜に取り付いたことのある福田さんの記憶に従い、橋を渡る手前で登山道を外れ、沢筋を辿る。明瞭なトレースがあり、これに従って歩みを進めていたが、途中右手に分岐があるのに気付かずに沢筋を追ってしまったため、予定外のメニューが追加されることに・・・。本来、石尊稜に取り付くには、三叉峰ルンゼもしくは日ノ岳ルンゼのどちらかから登っていくことになるが、分岐を見逃したせいで小同心稜右稜と左稜の間のルンゼに入ってしまったらしい。トレースに従い、稜に向かって急な斜面を登っていくが、福田さんから「どうも違うようだ・・・」とのコメント。よく分からないまま、ヤブを漕ぎ、どうにか岩場の取り付きらしいところに8時半頃到着する。ここは石尊稜なのか? と議論しているうちにふと右を見ると、2峰ほど先で岩場に取り付いているバーティーが! どうやら、取り付き敗退か? という状況になったが、博道さんの「登ってから考えよう」との指示に従い、とりあえず登攀することに。この日のオーダーは、福田&A、鈴木博&栃木で、栃木リードで開始させて頂いた。

1ピッチ目 取り付きからしばらくは岩と雪面のミックス帯。ところどころに灌木が生えている。同じような斜面が続くが、安定したところで灌木でビレイを取り、ピッチを切る。その後、すぐにA氏も登ってきて、やや下でビレイ。すぐに鈴木博、福田と続いてくる。

2ピッチ目 つるべで鈴木博、福田がリード。稜上に出たところでピッチが切られ、ほぼ同時にA氏、栃木が到着する。

3ピッチ目 ここから先はきれいな雪稜となる。栃木、A氏とリードしていくが、トレースは全くなく、次第にラッセルが苦しくなってくる。また、次第に小同心が大きく迫るようになってきた。

この段階で10時半。石尊稜でないことが明瞭となり(おそらく小同心稜右稜)、このまま小同心クラックを登る案、大同心稜まで出て下降・転戦する案などが出されたが、ラッセルがかなり大変で、同下降するのが一番早いのでは、という話になり、下降開始。2ピッチ目の終了点から懸垂下降を2回行い、取り付きに到着。その後、近道だろうという判断で稜を左(上がってきたルンゼとは反対側)に下降(おそらく小同心ルンゼ)、トレースがない中をラッセルし、12時半に本来のアプローチルート(おそらく見逃した右分岐)に到着。しばし休憩の後、トレースを辿っていく。数か所に赤布も残され、福田さんの記憶とも合致、次第に見えてくる岩壁を目にしても、今度は石尊稜で間違いないようだった。トレースは日ノ岳ルンゼに入り、石尊稜へ左上していく。取り付き手前では三叉峰ルンゼの大滝も目にすることができた。1時半に石尊稜取り付きに到着。快晴無風の好条件だったため、本日2本目(?)の登攀開始となった。オーダーは1本目と同一、キジ打ちで栃木が出遅れたため、A氏、栃木の順でリード開始した。

1ピッチ目 下部岩壁の出だしから終了点まで。草付きのスラブで、登攀としてはなかなか面白い岩場だが、支点が少なく、ヒヤヒヤしながら登高。いくつかルートがあるようだが、基本的に真ん中のラインを辿った。岩場が終わるところの立木でビレイ。

1ピッチ目が終わるとひたすら雪稜を登上することになり、ここはコンテで処理。三叉峰ルンゼを左に、中山尾根を右ににらみながら進み、三叉峰ルンゼからのラインが合流するところが上部岩壁の取り付きとなる。

2ピッチ目 上部岩壁の取り付きから、リッジまで。取り付きでは三叉峰ルンゼから上がってきた別パーティーに追いつかれる。上部岩壁は特に問題となることもなく、リッジにたどり着いたところの岩角でビレイ。

以後、再びコンテでリッジ・ガリーをひたすら登上。ようやく稜線が見えてくると、先に着いていた福田さんが手を振ってくれていた。4時に稜線に辿りつき、4人で握手。そのまま稜線を辿り、地蔵尾根から下降した。連日の残業となったが、5時にはどうにかテン場着。帰投後、小屋の管理人からビールを仕入れて乾杯、ポン酢味の鍋を食し、8時過ぎに就寝となった。

3日目(1/9、曇りのち晴れ)
5時起床、うどんの朝食を摂り、この日は阿弥陀北稜に向かい7時に出発。前日、前々日と違い、雪混じりの曇天の中を進む。しばらく文三郎道を登り、中岳への分岐のところで樹林帯へ入るトレースを辿る。トレースは明瞭でラッセルの必要は全くなく、ジャンクションピークを経て、8時半に第一岩峰取り付きに至る。この段階で8人が待機しており、すわ15分×8=2時間待ちか? と焦ったが、実はうち6人は奥のラインを登るつもりの人達で、一般的と思われるペツルの打ってあるルートは意外に早く取り付けることが判明。しかし、取り付いている先行2名を待ちきれないA氏はやや左のより易しめと思われるラインから先行2名に並行して登攀開始し、結局先行2名を追い抜いてしまう(この日のオーダーは前日と同じ)。鈴木博&栃木組は先行2名を待って登攀開始としたが、ホールド・スタンス共に豊富で、問題なく上部リッジに至り、混みあうビレイポイントで岩角を確保しビレイ。さらにⅡ程度の岩場が続くが、問題なさそうなのでコンテとし、福田&Aを追い抜く。岩場が終わったところでロープはしまい、後はひたすら稜線を辿っていくとあっけなく阿弥陀岳頂上に至った(9時)。頂上の展望は全くなく、目視による下降方向の確認は全くできなかったが、指導標を頼りに中岳のコルへ向かう。途中適宜尻セードを楽しみながら下降、9時半にはテン場に戻った。

予想外の早さで予定を消化、そのままテントを撤収し、10時半に出発、12時45分に美濃戸口へ最終下山となった。途中、美濃戸山荘では中山尾根で出会った杉並労山の方や雪山教室の同級生と出会い、狭い世界であることを思い知る。予想外の順調さであったため、帰り途鹿の湯に立ち寄って入浴・昼食とし、5時頃新宿にて解散となった。

感想・反省など
・まずはお付き合い頂いた博道さん・福田さんに感謝。実質的に嵓に入って初めての本格的な山行で、学生の頃文三郎から横目で見て以来思い入れのあった主稜を登れたのは良かったと思う。願ったり叶ったりの「3日で3本」であったが、さらにラッセル・懸垂下降の訓練メニューというおまけまで加わった。福田さん提供のテントが狭め(会でのテント購入希望)であることを除けば、久しぶりのテント生活も楽しかった。

・3本の中では主稜と石尊稜の出だしのフェースがやはり面白かった。北稜はちょっとあっけなかったが、初心者向けのルートがどういうものか分かった。自信にもなったし、将来自分が逆の立場になった時にはよい財産になっていると思う。

・今季は八ヶ岳の主だったルートをつぶすことを目標にしていたが、次週阿弥陀南稜に行く予定で、それをこなすとだいたい達成できたことになると思う。これを足掛かりにさらなるステップアップを考えたい。

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