塩見岳 年末合宿

2009/12/29-31
玉田、渡辺  渡辺 記


■アプローチ

信濃の国は十州に 境連ぬる国にして

そびゆる山はいや高く 流るる川はいや遠し

長野県民なら誰もが歌えるという噂の「信濃の国」は、長野は10県に囲まれているという歌詞で始まる。そのうち静岡県との県境をなす頂が塩見岳である。塩見岳は標高3047m、日本に21座ある3000m峰のひとつであり深田久弥の日本百名山の一座である。雪山のグレード的には南アルプスということもあり降雪が少なく、年末年始ならトレースもあり初心者向きとのこと。

さて、今回の年末合宿のメンバーだが、当山岳会の平成21年度新人は3人いたのだが一人は辞めてしまい、もう一人は雪山に行かないというので今回の山行は私だけ。そして、先輩会員は玉田さんだけ。あれ、山岳会って年末年始にがっつり山に入って大宴会して新年迎えるのではないのですか?と思う間もなく年末となり、マンツーマン指導による新人雪山合宿とあいなったのだ。

平成21年12月28日月曜日22時、板橋の自宅発。この日は通常私の会社の仕事納めであるが私は休んでいた。というのは、当初計画では26日から30日に北アルプス南岳西尾根に入る予定を、天気予報が悪いため日程を変更し、塩見岳にグレードダウンしたのだ。この日、玉田さんは出社したという。しかも、私と玉田さんは27日にかぐらスキー場に山スキーの練習に行っており、更に、26日に玉田さんはジムトレに行っている。すごい体力だ。付き合いきれません。

12月29日午前1時諏訪湖SAに着き車中泊。6時半起床し、7時発。8:12松川インターから塩川小屋の手前2kmの駐車場着、6台ほど駐車あり、最大20台くらい駐車可能な様子。塩見岳の登山口は、かつては塩川小屋からがメインであったが、鳥倉林道の開通により現在では鳥倉登山口がメインルートとなっている。夏期のみ運行する路線バスも、2006年からは塩川ではなく鳥倉に変更した。玉田さんが大学生のときに南アルプス全山縦走した際は、三伏峠に食料をデポするため塩川に朝一番のバスで入り、その日のバスがあるうちに下山したのだという。鳥倉登山口は塩川より標高が300m高く、コースタイムも1時間余短いが、平成21年は落石による通行止めでバス便が塩川行きになっていた。冬期は野ヶ池上で閉鎖となる。いずれのルートも登山口の手前から歩く事となる。道路情報は、直前に大鹿村役場のHPで確認するとよい。

■1日目 2009年12月29日 快晴

駐車場所から塩川小屋までは2kmの車道歩き。途中軽トラックが抜かしてゆき、塩川小屋の車と思ったが小屋は休業中であった。

登山届ポストにかかる屋根に、表面霜(ひょうめんじも)の結晶が見られた。表面霜とは10余に分類される雪の種類の一つで、雪面付近の空気に水分が多く含まれる条件の下、微弱な風が吹く快晴の夜に、積雪表面に霜が付着しシダ状に発達したものである。ガラス板状の三角形の薄片が積雪表面に刺さるように並んでおり美しい。八ヶ岳では行者小屋の手前、南沢にかかる橋の上など、水蒸気が供給される環境で見られるという。結晶の面が大きく発達した表面霜は積雪内部で焼結しにくいため、雪崩の弱層になる雪質だという。

塩川登山口から三伏峠までは、0/10からはじまる合目標示があり、4/10から5/10がきつい登りだ。ロープが張られた足場の悪いところが3箇所ほどある。塩川ルートは、南アルプスの北西側から入るルートなので一日中日が当たらず寒いが、天気は無風快晴でる。今日が本峰アタックならどんなに気分よいだろうと思う。あいにく、好天はこの日だけで天気は下り坂となった。

三伏峠(2580m)に到着したのは、玉田さんに遅れること30分の15時34分。玉田さんは一人で膝上まである雪を踏み固め、テントを組み立てているところであった。恐縮しつつも、疲れきっていた新人は、「雪を落としてテントに入って」と指示されるままにヨロヨロと中に。冬期小屋は先客が2張りテントで占拠しており入れず、小屋の周りにテントが3張りほど。隣のテントは声の大きい男性3人組で、ガハハガハハと楽しそう。ワカンがぶら下がっていたで、「明日は先に行ってもらいトレースを付けてもらおう」ということに。私達は雪が少ないと判断し、車中に置いてきてしまったのだ。

今日のメニューはおでん。大きいコッフェルに半分しか具が入らないくらい大量に玉田さんが荷揚げしてくれた。具に牛筋が入るあたり関西人だなあと思う。その他、ビールがロング缶で3本、ウイスキーに焼酎と玉田さんのザックからは次々に居酒屋メニューが出てくる。私は疲れと緊張のあまり、19時には横たわってしまったが、先輩はまだまだのご様子。「やっと酔いが回ってきた」と、靴下を脱いでおられました。「今寝たら朝までもたないから、8時まで頑張ろう」ということで8時すぎに就寝。トイレには、ゾウ足のまま玉田さんのプラグツを履いてテントを出る。雪山は、いかにして濡らさないか冷やさないかに神経を使う。

三伏峠は日本で一番高所にある峠として有名だが、私にとって三伏峠といえば高山植物サンプクリンドウの産地である。この花は分布が南アルプスと八ヶ岳に限られており、個体数もおそらく少なく、1年草なのであっという間に絶滅しそうな雰囲気があると思っていたら、やはり絶滅危惧ⅠB類(IA類ほどではないが、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの)に分類されている。山渓2010年1月号に、シカの食害により三伏峠付近の高山植物が減っているという記事があったが、サンプクリンドウは分布域が限られているので心配である。一年草という事は一年で枯れてしまうわけで、花を食べられ種子が作れなければ種(しゅ)として存続出来ない。私はサンプクリンドウを見た事がないが、2001年に行ったヒマラヤのゴーキョカルカでは、お花畑でこの仲間Comastoma sp.が多数見られた。きゃしゃな感じの小さな青い花で、花冠(かかん)の内側に房状の毛があり雄しべや雌しべを隠しており、咲いているのかいないのか分かりにくいという印象の花であった。

■二日目

12月30日水曜日、5時半に起床し、おでんの汁にうどんを入れて朝食とする。6時45分に三伏峠を出発。今日の行程は塩見岳のピストンなのでザックはぐっと軽くなる。コースタイムでは、夏時間で往路4:40、復路4:10、雪山ルート集によると往復10時間とのこと。天気が下り坂なので、「とっとと行きましょう」。朝は青空が見えていたものの、本谷山(2657m)あたりからは雲に覆われてきた。

塩見小屋(2670m)の手前までは樹林帯に付けられたトレースをたどる。所々に赤テープが下がっているが、薮こぎの部分も多く夏道とは違うルートなのだろう。塩見小屋まで行けば、少し風をよけて休憩できるかと期待したが、屋根しか見えておらず稜線の吹きさらし。ここから岩稜帯に入るのでアイゼン、ハーネスを付け、10:45出発。

粒状の雪が、横殴りに吹き付け顔に当たり痛い。下山する3人組は、ロープを付けコンテで行動していた。私達もいよいよロープを出すのかな、ビレー点は何で取るのかな、雪が少ないからスタンディングアックスビレーは出来ないな、などと考えつつ、足場の悪いルンゼのトラバースなど越えるうちに山頂に着いてしまった。12:05塩見岳西峰(3046m)登頂。東峰(3052m)のピークも踏み、北岳をバックに写真を撮る。2人で映るよう玉田さんが試みたが、強風のため断念し下山する。

男性4人のパーティーを山頂手前で抜かしてきたが、1人ばてている様子で心配だ。ところが、次第に私自身が心配な状況になってきた。力が入らず、スピードが上がらずシャリばての症状である。行動食を無理矢理口に押し込んで、ハムスターのようにほお袋にためてぼりぼり噛み砕きながら歩くと、少し元気が出てくる。エネルギー源とは、まず肝臓や筋肉に蓄えたグリコーゲンを使い、それがなくなると脂肪が燃焼するらしい。ただし、脂肪が燃えるには心拍数が高すぎてはダメで、私の年代ならば125までが適値であり、それ以上になるとブドウ糖など炭水化物でないとエネルギー源にならないという。私は軽いランニングでもすぐに心拍が140位に上がってしまう。玉田さんなどほとんど食べずに行動できるのは、歩行スピードを上げても心拍数が上がらないため、脂肪をエネルギーにして行動できるのだと思う。うらやましい。「でも、下山後の反省会で飲んじゃうから、体重減らないんだよね」だって。

もう一つ、ばてた原因としてグリコーゲンが空っぽだったと思う。塩見岳の前には、19~20日八ヶ岳、21~23日那須、27日山スキーと無茶な動き方をしており、グリコーゲンは売り切れ、たまった乳酸もそのままに28の夜発で塩見に入っているのだ。今後は、行動時間の長い山の前は、最低1週間レストしグリコーゲンを溜めるようにしよう。それでもバテたら力量不足であり、山のレベルが高すぎるという事だ。

16:30にはテン場につきたいと思いながら、17時になりヘッドランプをつけ17:30にようやく到着した。行動時間10時間45分。

■ 三日目

12月31日木曜日、5時半起床。雪が降り続いており、軽い雪が50センチほど積もり、テントを横から圧迫している。テントの内側は霜が真っ白についていたが、ガスをカラだきすると解けて蒸発しテントはさらさらに。ますます天気は下り坂だが、今日は下山するだけ。「ワカンのあるパーティーに先に行ってもらってトレースを付けてもらおう」という作戦に出るつもりが、隣の声のデカいパーティーがなかなか出発しないので、我々が先行する。7:30三伏峠発。下山中、2パーティーとすれ違う。冬型が強まり、悪天候が分かりきっているのに、どうしても山でお正月を迎えたいのでしょう。重そうな(お酒で?)ザックで登っていった。

9時40分塩川登山口着、コースタイム3:15のところ2:10で下りられたのでちょっと嬉しい。塩川登山口では、登山届ポストに下山報告を入れる。こうすることにより、事故発生時、捜索対象のから速やかに外す事が出来るというわけだ。計画書は入山用と下山用に2枚持っていくとよいと教わる。

10:08駐車場着。車10台ほど。温泉(こぶしの湯、600円)に入り、高速も順調に16時板橋に帰宅した。

この3日間、ほとんど玉田さんのスピードについていけず、9割は一人で歩いていた感じだ。先に休憩ポイントに着いた玉田さんが待ちくたびれ眠っていた事もあり、本当に辛抱強く付き合って下さいました。感謝の言葉もありません。せめて、帰りの車の助手席では眠らないように頑張るのだが、いつも気を失ってしまう。玉田さん一人の山行ならば、荷物も軽くスピードもあがり、こんな苦労もしないだろうにと申し訳ないやら情けないやらの気持ちで一杯だが、これから新人が入れば、この経験を生かしてお世話する事もあろうし、無駄ではないと思っていただくより他無いと思う。

願わくば、来年はもっと大勢で年末合宿が行われ、私のダメさ加減が目立たなくなればと思う。

ともあれ、実力あるリーダーのおかげで、無事に初めての冬山3000m峰登頂を果たす事が出来た。「ヘッデン使う山行は、失敗です」って、言われちゃったけどね。玉田さん、ありがとうございました。アイゼントレをつきあってくれたり、あたたかく見守ってくれた山岳会の皆様にも感謝します。
■ 装備について

反省点や新たな試みについて、書き留めておく。

ピッケル:手が冷えやすいので、去年までは握る部分に銀マットの切れ端を強力両面テープで貼っていたが、山行が2回あればぼろぼろになってしまう。良い断熱材がないか探していたところ、玉田さんに「自己融着性ブチルゴムテープ」なるものを張ってもらい、解決した。ビニールテープのような黒いテープで、張る前に2倍くらいに延ばし1/2重なるように巻き付けていく。半日もするとテープ同士はくっつくが、触れても粘着性はないという不思議なテープである。ピッケルの握り部に巻かれた黒いテープは剥がれる事なく密着し、滑り止めにもなるという優れものである。

手袋:薄いアンダーに小さいカイロを張り、プラス毛手袋とオーバー手袋で行動した。今回は気温が低かったのでベストの組み合わせであったが、ロープワークがない場合はミトンの方が長さがある分安心感がある。今回新調したヘリテイジのオーバー手袋は、目止めがされていないタイプなので、気温が高い場合は雪が溶けて滲みるので注意が必要。

アンダーウェア:暑がりの玉田さんは、モンベルのジオラインの上下にボトムはフリースとオーバーズボン、上はカッターシャツにヤッケであった。寒がりにもかかわらず、私のボトムはファイントラックのメッシュの肌着に膝上のブレスサーモ、夏用パンツ、オーバーズボン。上はメッシュ肌着にメリノウールの長Tシャツ、フリースのパタゴニアR2、ヤッケという順番で着用した。私は汗をかきやすいので、行動中は薄めの着衣で寒くなったらフリースを足すようにしていたが、メリノウールのTシャツは冷えると感じたので、下山後ファイントラックの保温肌着スパイルフィルを買ってみた。

行動食:行動食は食べる人と食べない人がいるが、私は食べないとすぐ行動不能になる。ドリンク剤をペットボトルに移して持っていったがシャーベット状になり飲む気になれなかった。飲み物は冬はテルモスに甘い紅茶かホットスポーツドリンクが良い。食べ物はバウムクーヘン、チョコレート、クリームパンは冷たく硬くなってしまい食べる気がしない。かりんとうは小麦粉と砂糖と油で出来ているため高カロリーで血糖値もすぐ上がり、どんなに寒くても食感が変わらず食べやすい。次回は各種持っていこうと思う。きんぴらごぼう味など、辛い味付けのかりんとうもあるので研究してみよう。

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