上越 登川金山沢遡行~南ノ入り沢下降

2009/8/14-17
長谷川、K(会員外) 長谷川 記


14日早朝上野より、乗り継ぎの悪い電車で六日町に昼過ぎに着き更にバスで沢口まで。

トポに出ている割引岳の登山道を探して道を追って行くが、やがて暗いじめじめした林の中で道が消滅。
いぶかるも沢らしきものがあるので装備を着けるが、これは違うぞ。
しばらく付近を彷徨うが振り出しまでもどろうと決定。
結局バス道を少し進んだ先の「神字入橋」から入る。
もろもろあって既に炎天下をロスタイム2時間。
Kやや不機嫌。
樹林帯の薄暗いゴーロをしばらく進み、右岸がスラブ壁のゴルジュになる手前の小さな川原で5時を回り、ご宿泊地決定。
15日4時半起床6時出発。
ようやく本格的な遡行開始。
ゴルジュ、巨礫・巨岩、小滝が次々に現れなかなかの奇観で楽しい。
30メートル滝と続く大水量の50メートル滝は右から巻く。
とスラブの連瀑。
この辺で10時頃になるだろうか、ぼちぼち佳境へ入る気配。
緩い小滝を登ると、前方にうねりながら続く長大なスラブの白い道が見えてきた。
上部はどこまで伸びているのか、わけもわからん長さ。
第一スラブ帯の登攀開始。
斜度はさほどないが、滑りそうで「コワイ」とK。
中年男女ペアは最初からがっちりロープを出してつるべ方式で進む方針にした。
第一、第二スラブと言ってもまったく一枚のスラブではなく、多段連瀑の総称なのだ。
とりあえず自分が登ってみるが、プロテクションが途中申し訳程度にブッシュかハーケンを使う程度で、ほぼフリーソロで40メートル見当伸ばし、ピッチを切って次に渡す。
以後その繰り返し。
所々Kがリードを尻込みするので交代。
うんと難しくはないが怖いのだ。
登るほどに振り返る程に景色が美しくなる程に増す怖さ。
5ピッチ目あたりで、途中ブッシュもなくピッチを切ろうにもレッジもなくセルフビレイのハーケンも打てず、斜面の只中で岩の間の土にバイルを叩き込んだだけのアンカーでセカンドのビレイをしたが、パートナーと神様を固く信じる以外にない。
しかも天気ときたら絶好調で、岩は乾き続けてくる。
暑さと緊張でおかしくなりかけ、ルンゼ状の岩が出て来た所でその間に隠れて涼み休んだ。
二人ともかなりばてている。
ルンゼから出ると、中間部のテラスに達したのが3時頃。
下部は7回ピッチを切った。
どこを基点とするかにもよるだろうが250メートル位か。
スケールもしんどさもオーレン谷奥千丈を上回る、というのが二人の実感。
なおも上半分あるのだ。
第二スラブを抜けた所にビバーク適地があるらしいが、日没までにそこまで辿り着けるか?
テラスで小休止後再開。
第二スラブの傾斜はこれまでより増し、谷川のテールリッジ並みになっている。
傾斜が緩いのは、現在地からバンドを右へ端の水流際までトラバースして登るライン。
ホールドも多そうに思えるのだが、この水の多さではまともにぶつかる気は起きない。
ならばと正面の乾いたドスラブの突破を試み登るが、フエルトソールの摩擦力では5メートルで敗退となる。
「直登は無理だよ。危ないよ。もうちょい左に登ると上に林があるから、そこから巻こうよ」とK。それが正解だろう。
しかし林までも最低1ピッチ登らねばならないのだが、この沢靴では無理だ、とリードをKにまかす。
彼女の靴はアクアステルスのソールで、クライミングシューズに近い。
ところが登りだすと3歩で腰砕け敗退。
「私には登れない」では降りる? 懸垂支点もない。
ああ、進退窮まったな。
どうしよう? 二人顔を見合わせて笑ってしまった。
では奥の手を出そう。
実はオーレン谷の時から考えていた手なのだが、実行するチャンスがなかった。
沢靴を脱ぎ、履き替えたのはアプローチシューズ。
これでいざ、登り始めた途端ソールのゴムが岩にくいつく手応えが、おおこれで登れるぞ! 確信した。
3メートル登り横フレークにナッツの4番位を入れ、更に数メートルでハーケンを打つが、あまり利いちゃいないだろう。
そこからホールドもリスもないスラブをにじり登って行くと、左に凹角状に登路が伸びていた。
そちらへトラバースしようと、うまい具合に細いアンダーフレークがあり、カムを入れて(残置ハーケンがあったが、引くと動いた)利きを確かめ飛びつくように移る。
足は凹角のスメアで手は右のカンテ気味にふくらんだあたりを押さえて、ぐいぐい登るのだが次第に凹角がなくなり行き詰まる気配。
先のラインを探そうと思った矢先、足が滑った。
岩がぬめっていたのだ。
両足が完全に外れて右手はちいさなポケット、左手は木の根っこのような細いブッシュをつかみぶらさがっている。
スタンスを捉えようとするがどうにもうまく行かず、何度も滑って落ちかけじたばたするばかり。
あきらめて一回落ちるか、と思って下を向くと最後に入れたカムはもはや遙か足下になっている。
いや、いかんいかん! 死んでも落ちたらいかん。
血眼になって探すと左にホールドがあり、上へラインが続けられそうだ。
なんとか両足をステミングして止まるポジションを見つけ出した。
後は左のホールドを取る1ムーブが勝負だ。
足がこの瞬間に外れぬよう祈り、息を止めて左へ。
押えた、止まった。
「デッド・ポイント」とはこういう事なのだな。
それまで抜けずに頑張ってくれた左手のブッシュ君よ、なんて素晴らしい奴なんだ!
そこからは段状に現れるホールドをたどり、手近な潅木で1度ピッチを切り、更にもう1ピッチ伸ばして林の中に突入。
だが自分は既に全身のアドレナリンを使いきりカスと化した為、急登の藪こぎは全て相方に先導してもらいロープに引っ張られて進む。
かなり登って多分核心部は巻いたはずだが、滝へ戻るルートが見つからず、闇の中緩傾斜になった地べたでビバーク。
ところがここでも一大事が起きた。
水が自分の確保している非常用500ccしかなかったのだ。
どうして水を持たなかったのか、Kに聞くが「だって沢だからいつでも水があると思ったんだもん」と、天然なお言葉。
怒る気力もなく、次からは持ってねと言って寝る。
16日4時半起床。
ペットボトルの水は昨夜少しずつ分けて飲んだので、残300cc。
朝にその半分を二人で飲み、都合150ccをこれからの行動に残すことにする。
行動食をかじり明るくなって出発。
傾斜はすっかり緩くなり、踏み跡はほぼ道というべき明瞭な状態になって来た。
やがて藪が切れ視界が開けると、右手遙か下に谷が見えた。
ということは、これではもう沢に戻れない。
道はこのまま支尾根から本筋の稜線に向かうのだろう。
仕方ない、と沢を諦めて支尾根を所々藪に突っ込みつつ、8時過ぎ頃南入ノ頭手前の稜線道に出た。
終わったねえ、と二人笑顔になり、安心して残りの水を全部飲み干す。
普通ならこれで下山して終わりなのだが・・・
また次の問題に直面していた。
どっちに進む? 当初、わかりやすく確実な道は登りだとして計画していた。
割引岳を越えてしまえば巻機山の登山道に出る。
しかしこの炎天下を水なしで更に数時間登るのは無理だと思った。
既に二人とも脱水状態なのだ。
しばらくあっちだこっちだ指をさしながら議論し、下ろうと結論。
地図上では、不明瞭だが道があるらしい。
下を目指して再度藪に突っ込んだ。
ところが入る前にちゃんと方向は確認した筈なのに、頭を超す藪で視界を完全にさえぎられ道を見失ってしまう。
途中木に登り進路を見たりするもわからず、徘徊を続けるが気力と体力を失うばかり。
30分前に口に入れた飴玉がまだ溶け切らずに残っている。
唾液も出ないのだ。
草についた朝露もなめてもみたがまったく焼け石に水で、この状態では登り返すなど不可能だろう。
強引でも下るほかない。
十歩ごとに座って休みながら下っているうちに、道らしきものに出た。
だがこれは沢の詰めの道ではないのか、とは思いながらも行くと水音が。
「水があるよ、水だよ、ほら!」とKが叫ぶように言い、自分も次の瞬間には我を忘れて水場に駆け込んでいた。
カー! 体に流し込むように飲んだ冷たい水が、なんてうまいんだろう。
一気に元気100倍、怖いものなしになった馬鹿二人の会話。
「どうしようか、この沢を下る?」「下ろうよ、ロープもあるし、どうにでもなるよ」
よせばいいのに能天気にもまた装備を着ける。
この時、我々はどんな沢を下りようとしているのかまったくわかっていなかったのだ。
地図上でどの沢なのかおよその見当はつけたのだが、沢の様相まではわかりはしない。
とにかく、登るより下るほうが楽で早いという甘い判断。
この時すでに午後を回り、下山を急ぎたい気持ちもあった。
最終バスに間に合うか、などと・・・
進んで行くと、細いルンゼ状から小滝が続くようになる。
7、8メートル程の立った滝でロープを出し、こんな沢が丹沢にあれば楽しいよね、などと言っている内にまた滝。
それを下りるとまた滝。
いさかか慌て出す。
5メートルほどでもクライムダウンは怖いのでロープを出す。
次には20メートル位の滝が出て、Kが斜めに生えた(そんなのしかない)木を支点にロープを直がけにして下りた。
彼女が先に下りる時にはこちらがロープを押えているのだが、自分の番になると木がたわみロープがずれてくるのがわかり、半分クライムダウウン気味に下りた。
これは直がけだとヤバイ。
だが毎度スリングを使い捨てていたら、もしこの沢が滝だらけならスリングがなくなってしまうぞ。
そして間もなくわかるのだが、実際に滝だらけの沢だったのだ。
更に滝は10メートル級、20メートル級と続き、先に懸垂し終えたKが先を覗いて言った。
「今度のは大きいよ」見ると本当にでかい。
およそ越沢の下降点からの高度感に等しい。
これまでは45メートルロープを折り返して届いていたが、ピッチを切ることになる。
これはとんでもない沢かもしれないと、二人とも気づいて来ていた。
ゲリラ戦の修羅場になった気分。
幸い支点に使える木は最低限あったが、こちらも色々知恵を絞って生き残りのノウハウをつかみながら、結局3ピッチをそれぞれロープいっぱいに伸ばして下降。
つど試行錯誤もあり時間をくい、もう4時半。
もう一つ小滝を下りた地点に、ベッドサイズの真っ平らな岩を見つけビバーク決定。
ツェルトを張り、ずぶ濡れで震えながら急いで焚き火を作る。
まだ沢が終わっていないという想定外の事態。
しかしこの日は水も火も食料もあるのだ。
疲れきっていて7時半には寝る。
17日4時起床。
二人とも動きたくないと駄々をこねるが、しかし予定1日オーバーの非常事態なのだ。
今日こそ下山して職場に連絡せねば、本当にまずい。
6時下降開始だが、のっけからロープの出動。
滝の落ち口から見下ろしても「川原」というものがどこにも見えない、ひたすら落ち続けるだけの沢。
そういう沢なのだと覚悟を決めて、ジャングル戦へ突入する。
20メートル級の滝が続くが、下降支点でスリングはなるべく温存したい。
だが滝場の傾斜地には太くまっすぐ伸びる木は生えず、横に伸びる細い木にロープを直がけするにはそのままでは危険だ。
昨日の試行錯誤で、支点にした木の枝を周囲の木の枝にどんどん三つ編みのようにからませる、という方法を見つけた。
やや面倒だがこれで支点の負荷を周囲の木に分散させて強度を増し、ロープが先にずれても枝のからんだ部分で止まり、すっぽ抜けを防ぐ工夫だ。
周囲にあるものをなんでも武器に勝負するしかないゲリラ戦術で、恐らく現代的クライミングのセオリーに真っ向から逆らった事をやっているのだろう。
同じ事を他人に勧めるつもりはないが、我々はこの方法でこの沢を下り切れる、という確信をつかんでいた。
何より我々の最大の強みは軽い事。
平均的成人男子の山屋より10kg近く二人とも軽いだろう。
(他に方法として藪から巻くという手があるが、下りは足場が見えず体力の消耗も大きく、むしろリスクが高いと思われる。
基本的にクライムダウンは選択しなかった。
時間を取っても下降支点が作れるなら、ロープを使った方が良いと判断した)
だが自分にはもうひとつの問題が起きていた。
前日までほぼ飲まず食わずの行動が長く続き、多分ストレスと胃酸で胃をやられたようなのだ。
のべつ胃が締め付けられるように痛い。
40メートル位の滝から佳境に入った。
見渡せば絶景なのだが、支点が悪い。
落ち口はまだしも、途中ピッチを切ろうにもまともな木が見当たらない。
先に一段下のテラスへ下りたKも、途方に暮れた様子だ。
自分も下りて見たがハーケンを打てる岩もなく、更にもう少し懸垂で藪の中まで入り小さな木を見つけた。
細いが若くて力のある木を3本、束ねてスリングをしっかりからませて支点に使う。
上段と合わせて2本スリングをこの滝でロスした。
その次からは直登不能のつるつるの垂壁の滝が数回連続する。
一体なんと険しい谷なのだろう。
ミズガキのベルジュエール大フレークを思わせるような滝を下り、ロープを回収していたKが、急に声を上げた。
「引けない!」振り返ると頭上5メートルの位置で、落ちたロープの先が滝途中の横フレークの中に入り込んでいた。
二人がかりでしばし格闘するが、回収不能と見てやむなく切断。
スリングの本数も最初の半分以下に減ったが、ロープまで短く40メートル弱になった。
軽くなったよと言っちゃみるが、かなり心は折れている。
よくもまあギャグマンガのようにこれでもかと色んな面倒ばかり起きるものだ。
救いは、もうかなり下まで来た気配があること。
気を取り直し先へ。
一体何十回懸垂下降したことだろう。
この二日間で一年分くらいやっているんじゃないのか。
先を覗いていたKの足が止まった。
「大きいけど緩そう。歩いて下りれるかな」
逡巡しているので自分が先行して様子を探ると、段になった箇所をうまく拾えば、これは行けるぞ。
最後の数メートルだけは立っていて藪から巻くと、下りた所は明るい川原になっていた。
渓相ががらりと変わった。
ついに沢の下部に達したらしい。
もうゴールは近いと、クモの巣をわけながらゴーロ帯を行く。
日差しが暑く、水もぬるくなっている。
やがてふと両岸の藪に張った赤テープが目に入った。
何だ、ここは?
どきどきしながら地図で確認する。
我々は南ノ入り沢を下り、登山道にぶつかったのだ。
赤テープのついた右岸へ上がった。
間違いない。
普通に歩ける道を大喜びしながら人里へ。
終わったのだ。
午後3時半頃車道へ出て、タクシーを呼んで待つ間に二人とも職場に電話し、ごめんなさいを繰り返している。
六日町の駅前で風呂に入り、体重を量ってみたら4キロ弱も減っていた。
それをKに言ったら大笑いされた。
図太い奴め。
痛めた胃には良くないだろうが、電車の中ではさっそくビールで乾杯する。
武器弾薬も食料も尽きたほうほうの態だが、厳しい消耗戦を生き延びてきたのだ。
「金山沢は完全遡行できなかったけど、違う沢は完全下降したよね」とKが言う。
そうだけどさ、誰にも自慢できないだろうなあ。
遭難紙一重だもの。
三回、本気で命の心配をした。

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