一の倉沢 一・二の中間稜

1997/3/8~9
メンバー:山本(裕)・田島(寛)・相原・福地  相原 記


指導センターから約1時間で一の倉沢出合に到着。石楠花尾根パーティーと別れ、一の倉沢に入る。先行パーティーのトレースを追って雪壁を登っていく。
潅木を掴みながらの雪壁登りが続いて少々うんざりするが、振り返ると快晴の一の倉沢で、景色は最高である。一度10mほど懸垂下降し、雪稜を登っていくと、岩稜に出るのでザイルを出し、後続はプルージックで登る。
小ピークから雪稜を下ると核心といわれるナイフリッジである。ここは山本-福地、田島-相原でアンザイレン。一応、スタンディングアックスビレイをするが、2P目、3P目などはトレースがバッチリついていてザイルの必要をあまり感じず、ホイホイ登ってしまうのでビレイヤーはザイルを引くのに忙しい。
東尾根と合流し、雪壁を登っている頃にガスが出始め、第一岩峰の順番待ちをしているうちにすっかり風雪になってしまった。第一岩峰は裕さんがリード。途中に長い残置シュリンゲがある。田島さんが登り、次が僕の番だ。2歩、3歩と登り、「さて、残置シュリンゲでも掴むか・・・」と思って上を見ると棒状に凍ったシェリンゲは上に持っていかれていた。(下に垂れ下がっていない状態になっていた。)愕然としながら、腕を伸ばしてピッケルでシュリンゲを下ろそうと試みるが、届かない。そのうちすっかりパンプしてしまって、一度下まで下ろしてもらう。そして登る位置を少し変えると、ピッケルがシュリンゲに届いた。ヒーヒー言いながらビレイ点にたどり着くと、僕が時間をかけてしまったために裕さんはハッとするはど白い人になっていた。ひどく寒そうだ。
最後の雪壁を登りきると平らな所に出た。オキの耳なのだが、完全なホワイトアウトで「ここどこ?」という感じだ。完登の喜びとか、そういう気持ちは湧かなかった。コンパスで南に方位を定め、裕さんが先頭で進んでいくと迷うこともなくトマの耳の標識に着き、感動した。肩の小屋前の標識に従って西黒尾根を下ろうとするが、すぐにルートが分からなくなった。周りをよく見て、尾根らしいものが見えると「あっちではないか?」とトラバースしていく。
時間は5時を過ぎ、薄暗くなりつつあった。一瞬でもガスが晴れれば、と思うが依然ホワイトアウトである。結局、下降をあきらめ、肩の小屋に泊まることにした。その旨、伊平さんに交信し、重い足取りで登り返す。僕はシュラフカバーしか持っていかなかったのだが、肩の小屋は文句のつけようがないしっかりした小屋で、結構眠れました。
翌朝も同じような天気だったので、天神尾根下降と決める。天神尾根には所々に赤布があり、すんなりスキー場に下ることができた。

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