一ノ倉沢烏帽子岩中央カンテ

1996/7/21
メンバー:村上・田島(寛)・山口節  山口節 記


昨日の凹状での落石ラッシュに懲りて4:40出合い発。
テールリッジの末端まで雪渓があり、取り付きには5:40分に着いた。すでに1パーティがいたが、彼等は凹状に行くという。中央カンテは私たちが一番のりだったが、2番手の2人パーティに先を譲った。
6:20登攀開始。最初の3ピッチは田島さん、4~核心の手前までの4ピッチは山口、核心~終了までは村上さんのリードで行くことになった。
最初の2ピッチは凹状からの落石で気持ちがあせってしまう。後続パーティが追い立てるようについて来て、3ピッチ目でトップを山口に交替するが後続パーティは凹状に行った。
3ピッチ目からは中央カンテルートに入り、落石の危険からも逃れられ快適なカンテ登攀になる。
40mのピッチは、ピッチ後半になるとロープが重くなって引っ張り上げながらの登攀になる。しかし、ロープの重さは40mピッチだけのせいではなかった。「ランナーの取り方が悪い」と村上さんに注意される。
「この次は完璧に…」とランナーの取り方に気を取られていたら、20m地点のビレー点をすっとばしてしまった。頭から40mのピッチだと思い込んでいたのだ。
変形チムニーの合流点を過ぎ、ちょっと緊張したチムニーを抜けて、フェースに出る。ロープの流れも順調だし、昨日ほど落石の恐怖もないし、と思っていたらビレー点を3m程前にして急にロープが重くなる。取りあえず残置ハーケンでセルフを取り、ロープを引っ張ってみるがなかなか伸びてこない。ちょっとあせりだす。「何がいけなかったのか…」。この時点ではまさかビレー点を飛ばしていて45mいっぱいにロープが伸びているとは思いもしなかった。やがて少しロープが緩み、どうにかビレ一点に辿り着く。
この後のピッチは「任せられない!」と村上さんと交替。(当初の予定では私のリードが後1ピッチ残っていた。)
核心部をフリーで越えて行く村上さん。「では、私もフリーで」と意気込んだが「やっぱり本番で無理はヤメタ」とあっさりAOに変更。続く凹角も躊躇なくAOで越え4畳半テラスに出る。ここで初めて水分を補給。下から変チ組のパーティの声が聞こえてきたので、急いで登りだす。最後の脆い烏帽子岩のトラバースも今日は乾いていて、そうイヤラシクはなかった。
11時20分終了。軽く昼食を取り6ルンゼを下降する。下降点で木元さんと交信したところ、小林さんとダイレクトカンテを終え出合いに降りたところだという。南稜組はどこらあたりにいるのだろう。
2時40分出合着。中央カンテは楽しいルートでした。村上さん、田島さんありがとうございました。
それにしてもまだまだザイルワークの未熟さを痛感しました。

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