谷川岳東尾根

1991/3/16~17
メンバー:江本・宇賀田・三上・山本  山本 記


とうとう谷川まで来てしまった。おもえば2月末に嵓に入会して、3月3日に山口さんに広沢寺に連れていってもらったばかりで、もうあの「谷川岳」に、峻険なるかずかずの岩壁をたたえた、あの谷川岳に来てしまった。しかし前夜土合の駅で仮眠したきりなのに皆すこぶる元気がよい。
湯檜曽川に沿って一の倉沢の出合に向かう積雪した道を、江本さんは私の前を見えかくれするくらい引き離して進んで行くし、三上さんと宇賀田さんは私のうしろでしゃべりながらついてきている。雲が全天を覆っているが、明るみをさしているところをみると、割と雲は薄いようだ。谷川岳としてはいい天気なほうだろう。
出合に着くと、先行していた他のパーティーが休んでいた。一の倉沢の他のルートを目指すパーティーは、皆取り付きから岩場の連続らしくアイスバイルやらユマールやらの装備が物々しい。江本さんと字賀田さんが雪の多いことを心配しながらも踏み跡のない一の沢を進みだした。
雪は表面からみると均一な深さで、滑らかな曲線を描いて東尾根の稜線までかかっているようにみえるが、実際に踏み込んでみると、よく締まっていて靴底のブロックパターンがきれいにみえるところもあれば、膝まで埋まってしまい体ごと雪にのっかかって行かなければ前へ進めないところもある。
次々トップが代わり「後からきたのに追い越され」段々疲労が増してゆく、あの「ラッセル」というものを初めて経験する。雲っていながらも斜面は暖かくなり、沢の両端から表層雪崩の前兆のような細かい雪玉がときどきこぼれてきて、体にかかる。江本さんから、ザックのウエストベルトは外しといたほうがいい、雪崩たときにすぐにザックを捨てて逃げられるように、といわれた。おお、そうだそうだ、その通りだ。ザックのベルトを緩め、雪崩に遭ったらどう逃げようかと周囲に目配せする。
そのうちにどれくらい登ってきたかかが気になってくる。斜面の途中で休憩をしながら、向こうに見える一の倉尾根や、いままで登ってきた距離、これからシンセンのコルまでの長さをそれぞれ見比べて、「だいたい半分くらい来たかなあ」と思うが、江本さんが「まだまだですよ、まだ1/3も来てないんじやないかな」といわれる。
この一言で皆意気消沈するかと思えばそうでもなく、宇賀田さんは「いやあ、半分はきてると思うけどな」と譲らない。この見解の相違は誰かに客観的に判断してもらうしかなく、丁度一の倉尾根パーティーからこちらが見える、というので、無線で「内のパーティーは一の沢を半分くらい来てますよねえ」との問いかけに、山口さんから一瞬まをおいて、ちょっとまだみたいとの答えをもらった時に、春山というのも大変なものなのだねえとつくづく思いながらまた稜線を目指して歩きだした。それからは調子がでてきたのか、心理的なものか、そんなに長くも感じないでシンセンのコルにたどりついた。
ここからやっと本格的な岩稜という感じになっていて、シンセン岩峰をみながらすげー所まできてしまったなあと思うまもなく、ザイルを出して東尾根を進み出した。途中アイゼンの前歯と縦走用のピッケルを無理やり使ってよじ登る雪面や、字賀田さんが雪庇の切り崩しに挑戦するなど、「これぞ雪山、ばりえ-しょんるーと」と感動させてくれたが、第二岩峰が正面に立ちはだかり、我々のあしはとまった。左はきりたった崖で、岩峰を直登するのだろうか。結局右に巻くことになったのだが、樹木と岩のつきでた雪の斜面で、どこをトラバースしても行けるようであり、駄目なようでもある。
ここで私は初めてトップで行かせてもらう。ザイルの端をハーネスのカラビナに着け、アイゼンの爪で雪の斜面を慎重にトラバースする。傾斜は急だが滑っても雪が深いので止まるように思う。そのうち雪が降り出し、周りの山容も定かでなくなってきた。日が暮れるまでに第二岩峰をまわってまた稜線にでなければ、とトップにたった私はリーダーのようにパーティーの行く末を気遣うのだった。途中の立木にランニングビレーを取りながら、岩峰を周り終えたとみえるところで斜面をのぼりだす。登りきるとそこは久しぶりに平らなところだった。
もしかしてこれはよいテントサイトではないか、そこはもう稜線だった。私はほっとして斜面の下にいる字賀田さんに報告した。
テントサイトは意外と狭く、岩に打ってあるハーケンでビレイを取り、テントの中に食料とシュラフをいれ、4人が中にはいると座り込んでも殆ど身動きが取れない。自分の持ち物を自分の周りに集めるのに手間取った後、酒盛りが始まった。ジフィーズの作り方に手間取り、三上さんのもってきた鰻の蒲焼きの缶詰に舌鼓を打ち、今日一日の苦労話や「今食いたい食い物」の話をしながつらつら思うに、みんな行動中はきつかったり危険に直面したりでかなりシビアだったけれども、こうやって落ち着いてみると、結構普通の生活なのだなあという気がして少し安心した。
翌日は朝から天気が悪く、雪も昨夜また増えたようなので今日一日で登りきれるかどうかがわからないため、無線を入れた後、引き返して下山することになった。

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