谷川岳衝立岩雲稜第1ルート

1990/9/29
メンバー:鈴木(直)・小宮  小宮 記


突然、直樹さんの体が横になり、そのまま落ちてきた。反射的にエイト環の前後のザイルをつかむ。まだ直樹さんは落ち続けている。堕落のショックを覚悟した。
直樹さんは何回か岩にぶつかった。5月のテールリッジで見たわらじの会の仲間を思いだした。「まき込まれませんように!」といのる。また突然、直樹さんが止まる。体は仰向けのままだ。助かったと思う。ビレイしている方は全くショックはやってこなかった。「だいじょうぷですか。どこもぶつけてませんか?」と声をかけた。(ぶつけているのはわかってるんだ。ただひどくぶつけてないかだよ。と心の中でつぶやく。)声が返ってきた。だいじょうぶのようだ。「今降ろしますからね。」と言ってザイルを繰り出す。2人がほとんど同じくらいの高さになるまでおろす。スタンスに立った直樹さんの足を見ると血が流れている。2人の足が震えているのがわかる。
少しの間休んで再度、この雲稜第一の2ピッチ目を直樹さんがリードする。さっきは出だしの凹角を登りすぎてしまったようで今度は正しいルートに入り、トラバースして第1ハングを越えていった。この第1ハングは古い残置スリングがあり、ナッツを使うところでスリルがあった。3ピッチ目は右上していくが、途中まだ新しいハーケンにアブミをかけ、体重を半分ほどかけた処で、バシッという音がした。
あわてて下のアブミにもどる。岩をたたいてみると不安定な音がする。もう一度アブミにのる。今度はだいじょうぶだった。そのまま進む。(その新しいハーケンは俺の打ったやつだよごめんね。立木!)
5ピッチ目の残りのボサテラスでビレイしているとき、出合いの方からお経を読む声がきこえてきた。はっきりと聞こえて不気味だった。洞穴の手前の6ピッチ目はぬれていて登りにくい。もうあまり時間はない。だがすっかりつかれてしまっていて、洞穴の中でしばらく休む。出合いからやってくる経を読む声が洞穴に反響する。洞穴ハングを越す時にはもうメロメロになっていてフィフィの掛けかえで登る。
そこから8ピッチ目といっしょにリード。9ピッチ目で衝立の頭に到着。ホットする。16時50分。少し休んで北稜を下降する。
台風が来ていることがわかっていたので出合いまでもどりたかったが、ダイレクトカンテの終了点のあたりからすっかり暗くなってしまい、おまけにガスが出てきていた。最後2回の懸垂下降ではヘッドランプの光がガスの中を照らして、まるで「エイリアン」の異星人の字音船の中に降りていくような感じだった。
結局、略奪点でビバークすることになった。雨も風もあまり強くなってはいなかった。体がずり落ちて、何回かツェルトをかぶり直してやっと夜が明ける。しかし天気は悪く6時になってもあまり明るくはならなかった。それから約1時間後に出合いに到着。充実した26時間半だった。
出合い    5時出発
取り付き   6時30分
終了    16時50分
出合い    7時到着

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