正月合宿  西穂高

1990/12/30~91/1/1
メンバー:川崎・字賀田・下野・三上  三上 記


12月30日

「ズッデーン」いつものようにハデにこける。しかし、そこからが違った。「す、すいませーん。起き上がれません‥」手を引いてもらい、やっと立ち上がる。
重い。悲しいくらい重い。私の体重の話ではない。荷物の事です。
今回一番泣かされたのは、こいつだ。私のザックは20キロには程遠かったが、それでも背負うのがやっとという感じで、一歩一歩、地面にめり込んで行く気すらした。しかし、我が西穂パーティにとっては、今日が正念場ということ。「よ-し、女の意地を見せてやろう」と、異様にペースを速めてしまい、「あんまり、最初から気合いを入れると、後々まで持たないぞ」と山口さん、秦さんから忠告される。
全くその通りであった。(反省その1)
11時半、北尾根パーティと別れる。しばらく林道を歩いた後、いきなり急登が始まった。一応踏跡はあるものの、雪がもろく、ずるずる滑り、段を崩してしまう。
先頭を下野さんに替わってもらうが、彼もかなりきつそうであった。後で、川崎さんに「三上さんの動きにはムダが多い」と注意される。確かにそうだった。(反省その2)
とにかく、体がいうことを効かない。幕営予定である西穂山荘テント場まで、まだかなり遠く、今日中に着くのは、不可能だろうということだった。
苦しかった。何度か休憩を取ったが、休めば休むほど、苦しさは増すばかりであった。38度の熱をおしてここまで来たという博道さん、彼に比べてこれくらいの荷物でバテテいる自分はなんて意気地がないんだろう。悔しかった。私は本当に情けなかった。
先週、広沢寺へ行った時、「川崎さんに、迷惑をかけるんじやないぞ」とザイルの結び方一つ一つを丁寧に敢えてくれた秦さんのことを思った。沢で、林道で、テントの中で、こびきで、いろんな事を教えてくれた先輩たちのことを思った。そして、確実に足でまといになるであろう私の参加を、快諾してくれた川崎さん、字賀田さん。申し訳ない。涙がこぽれてきた。
とにかく、ベストを尽くそう。テント場に少しでも近づけるよう。一歩でも高いところまで行けるよう。後で振り返って、この時の自分を後悔することだけは、絶対ないように。そう思った途端、不思議なくらいに、体の奥から力が沸いてきた。
足がしっかりしてきてザックさえ軽くなったような気がする。
「もう、大丈夫ですよ。後、一時聞か二時間は行けますよ」先を歩く字賀田さんに駆け寄って、そう告げる。しかし、既に幕営開始予定の3時半を過ぎていたのである。とにかく明日。全ては明日だ。たかが西穂、そう思われてしまうかもしれない。だけど私は、合宿参加を決意して以来ひと月半、一日だってこの事を考えなかった日はないくらい西穂に賭けていた。くしくも明日は大晦日私は、レコード大賞に臨む五木ひろしのような心境であった。

12月31日

神様、ありがとうございます!!この日は、例年にないほどの好天ということだ。登頂の可能性もグンと高くなった。8時出発。一時間半ほどで、稜線へ出る。「わあ、気持ちいいですねえ」思わず、感嘆の声があがる。長い間樹林帯の中にいた私達にとって、抜けるような青空の下、冬の陽を浴びてキラキラと光り輝く雪を、踏み締めて歩けることは、この上ない幸福であった。長いおつとめを終えて、やっとシャバに出られた、そんな開放感でいっぱいである。
しかし、シャバにはシャバの苦労ってえもんが、ある。ババババババババーッ!!体が引き裂かれるような、ものすごい風である。道産子の私にとっては、寒いのは北海道だけ、内地はどこだってパラダイス、という意識があって、冬山を甘く見ていたきらいがあるが、この風にはまいった。顔がちぎれるのではないかと思った。
しかも、私は帽子を忘れるという、とんでもない愚か者で(私は今回本当に忘れ物が多く、とてもみんなに迷惑をかけた。反省その3)、下野さんが自分のを貸してくれた。ありがたく拝借する。
独標について少し休憩。私達は一番手前に見える出っ張りが、西穂の頂上だと思っていたのだが、他のパーティに尋ねると、あと3つほどコブを超えなければならないという。結構遠い。しかし、もう夢ではない。目に見えるところに、手を延ばせば必ず届く所に頂上はある。私達がたどり着くのを待っている。
かなりきつい岩場もあったが、天候のおかげでザイルを出すこともなく、12時15分、西穂高山項到着。やったぜ。
寒くて、苦しくて、恐ろしくて、崩れるか否かぎりぎりの思いを支えて頂上へ着く。生きているという事を、体中で実感出来る瞬間があるとすれば、おそらく、こんな時の事をいうのだろう。何故、山に登ろうと思ったのか、ようやく分かったような気がする。しかし、相変わらず風が強い。急いでテント場へ戻ることにする。
登頂を果たした喜びのためか、酒がこのうえなくうまい。昨日よりも一昨日よりもうまい中心にしみる。「こういう時は、男と女の話が盛り上がるよねえ」「ひゃはははは。やっぱ、そうですよねえ」ここで、ポッと頬を赤らめてうつむいたりすれば、「三上もあれで結構かわいいとこある」と、思っていただけるのだろが、女も30近くなると節操がなくなって本当に困る。(反省その4。今回は反省することが非常に多い)

1月1日

分岐点に戻った時点で北尾根パーティと交信すると、天候の悪化のため本日下山するという予定を変更し、今現在、連絡の全く取れていない北鎌パーティの無事を確認してから降りるということだ。私もせめて元気な声を聴いてから帰京したいと思ったが、「大丈夫だよ。まだ、日程にはかなり余裕があるしさ。奴ら体力もあるから」という川崎さんの言葉に、うん、そうだそうだ、と納得する。
毎回そうであるが、みんなから気を使ってもらって、とても幸せ者でした。来年の冬合宿には、今まで私が貰った思いやりを今度入って来る新人に分けてあげたい。
そうできる心の余裕と実力を早く付けたいと思う。何度言っても足りません。本当にありがとうございました。
後ろ姿を引かれるような思いと、祭りが終わった後の一抹のさぴしさを振り切って、私は車へ乗り込んだ。

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