一ノ倉沢二ノ沢右壁 雨中の雪辱戦

1989/9/3~4
メンバー:桜井・立木  桜井 記


9/2土合駅下りホームから長い階段を登るのは久し振りだ。いつもは車で通過していく旧道を今日は歩いて一ノ倉出合いを目指す。駅から約一時間、出合いの駐車場に着いて、テントを張り終えてシュラフカバーにもぐり込んだのは4時だった。わずかの仮眠の後、6時半起床、7時に出発する。
曇り空と濃いガスを気にしながら一ノ倉沢の河原を行く。あまり良い天気予報が出ていなかったのだが、ここのところ山へ来るたびに雨に降られていてので、まして谷川なのだから天気は悪いのはあたり前なのだと開き直って歩く。
ヒョングリの滝下にはこの時期としては珍しく雪のブロックも残っていて今年の雪の多かったことがうかがえる。テールリッジに取り付く本谷への下降地点をやり過ごして、踏み跡をたよりにブッシュと潅木をこいで高度を上げていき、一ノ沢・烏帽子の奥壁見わたせられる。一ノ倉に入ってもこちら側にこないと中々見られない景色が広がっている。
ここから残置支点を利用して20m1回、45mの懸垂下降をして、トラバースぎみに降りていくと二ノ沢の出合いに到着する。出合いから2時間経過。9時である。
二ノ沢右壁は昨年の10月に山口さんとパーティーを組んで取り付いたのだが、三股下の大滝でルートを間違えたりして時間をくい、ルートに入ってから3ピッチを登ったテラスでビバーグとなり、その夜地域的な大雨に逢い、つらいビバーグの末、翌日滝と化した中を敗退して降りてきたという、いわく付なので、今日はその雪辱戦ということもあり、私自身かなり気合いが入っていた。
三股下大滝迄は、開けた明るいスラブを水流ぞいに登って行く沢登りであり、途中一ケ所ザイルを必要とする所が有るが、さほど難しくはない。大滝の登攀ルートは、昨年間違えた経験を生かして今回は順調にルートファインディングが出来たが、この頃よりガスも濃くなり小雨も降りだして来た。
20mの懸垂で降り立った地点が三股であり、右股の出合いから狭いルンゼを登って行くと、二ノ沢右壁の姿が見えるのだが、今日はガスが濃いので取り付きから上を見上げてもルートは判然とせず、雨で濡れていてコンディションは悪い。
はっきりとした取付のビレイピンが見あたらず残置1本でビレイをして登り出す。途中のランナーも取れず、40m一杯ザイルを伸ばしてハーケンを打ってビレイする。昨年登った記憶を少しづつ呼びもどしながら数少ないピンの場所を捜し出してランナーを取ろうとするが、40mザイルを伸ばしても2~3本しか取れない。
グレードとしては、Ⅳ級のピッチでも濡れて残置が少ない為、プレッシャーはかなり大きい。ピンを打つにしても適当なリスも無く、その労力を考えるとそのまま登ってしまえという気持が強かったので、ピンは全く打たなかった。
取付より4ピッチで、昨年ビバークしたこのルートでは一番大きいテラスに到着する。次のピッチは、やや広くなったスラブで草付きも少なく快適?なはずだが、やはりピンが少なく苦しい。直上の後、左へトラバースビレイ。
昨年登った時は、このビレイポイント迄が最高到達点で、ここまでザイルを伸ばし、下のレッジでビバークした。続くピッチはⅢ級になるのでトップを立木に任せるが、ルートを間違えた様で苦戦している。ガスが濃いのでトップを行く立木がどこまで登っているのか確認が出来ず、ルートのアドバイスも出来ない。
ビレイして待つこと約1時間、遠くから聞こえる声を頼りに、登り過ぎた所より1本のピンで桜井をビレイ出来る所までテンションで下降する。立木が登ったのは、左側のハングぎみの所で、正規ルートは右側であった。
依然ガスが濃くてルートが判然としなくて、写真のコピーと見比べながらルートを確認しながらザイルを伸ばす。Ⅲ級の傾斜の落ちたスラブを2ピッチ登ると、このルート唯一のエイドが有るピッチとなる。
傾斜はさほど無いがピンが遠い所も有り残置も古い。一ケ所フリーになる所があり、濡れていて難しく、わずかなリスにハーケンを先の方だけ打ち込み、テープをタイオフしてアブミをかけて微妙なバランスの抜けるかも知れない支点を頼りにアブミに乗る。後続の立木がこのをピンを回収したが、シュリンゲを持って引っぱったらあっけなく抜けたそうである。
このピッチを抜けた時点で時計の針は6時を差しており、暗闇が迫っているのでエスケープルートを取り、滝沢リッヂに上がることにする。桜井がビレイして立木が着いた頃にはガスと夕闇が二人を包んでいた。
ビバークサイトはさほど広くなく、ずり落ちない様にハーネスを着けたまま、潅木でビレイを取り、ツェルトをかぶって座った様な体型で横になる。南稜テラスでビバークしている松野、鈴木パーティーとトランシーバーで交信する。
やっとの思いでここまで辿り着き、苦しい体勢だったので、鈴木の妙に明るく軽いオマンティコールには不機嫌な応答をしてしまったが、酒を飲み体も温まってくると元気も出てきてトランシーバーによる、一ノ倉沢歌合戦も飛び出す程であった。
酒の酔いが醒める明け方には、寒さで目が覚め、お茶を飲んだりして時間を過ごしていたが、昨日と同じ様にガスが濃く、雨も降っていて仲々出発する気になれない。
それでもここまで上がってしまった以上、上に行くしかないと心に決め、6時半に出発する。私自身この滝沢リッヂは昨年の3月に登ったことが有るが、雪が有ると無いとでは、全く勝手が違う。大体このルートlま雪の有る時に登るルートで、ニノ沢右壁からエスケープしてここを登る人もいるのか、わずかな踏み跡は有るが判然としない所も有って結横いやらしい。
ビレイも出来ないので、濡れた草付でスリップしたら本谷までダイビングしてしまうというプレッシャーも大きい。
ビバーク地より2時間程で雨とガスの中から黒々としたドーム壁が姿を現わした。ドーム基部はちょうどハングから雨水が集中してどこもビシャビシヤである。
1ピッチ目、立木がビレイして桜井から登り出す。右の凹角は丁度流水溝の様になってしまい、右手を上に伸ばすと雨具を着ていても袖口から水が流れ込み胸から腹まで濡れてしまう。頭から水がかかる事もあり雨水を飲んでしまった。
アブミを何度か掛け替えてビレイポイントに達する。後続の立木をビレイするがかなり苦労している様で中々上がってこない。このビレイポイントは風が吹きさらしなのでかなり寒かった。続く2ピッチを越えると、草付きとなりコンテで進むとドームの頭に着く。ここから一度コルに下りて最後のリッジを登ると終了となる。
右側のAルンゼからは視界の効かない下の方からゴウゴウと水の流れる音がしていて不気味である。踏み跡を辿り国境稜線に飛び出したのは午後2時であった。登りきったという充実感よりもホットしたという安心感の方が強かった。
トランシーバーで中川さんと交信して下山することを伝える。強風の西黒尾根を下りながら、今日はビールでなく熱燗で乾杯しようと思った。

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