丹沢水川支流源次郎沢

1989/7/1
メンバー:宇賀田・秦・川崎・関・勝野・南  南 記


この感想文、北岳に登ってから続み返すとちゃんちゃちおかしいですね。あまりにも大袈裟すぎて。丹沢でこの苦労なら、あの北岳での苦しみは何だったんでしょうねー。
私みなみは去る7月1日、丹沢は源次郎沢に宇賀田さん、秦さん、川崎さん、関さん、勝野さんに連れられ、沢登りに初挑戦。
しかし、感想を書けと言われてもそれゃあムリってもんです。行った場所でさえよく把握しておりませんし、のぼってる最中は感動する余裕なんて持ちあわせてませんでした。 ただ、すごく不思議に感じたことが1つ。水の中をジャブジャブ歩いたり、安全そうな石を見分けつつその上を飛んで行くのと、水のせせらぎも何もなく、聞こえるのは自分の荒い息づかいだけというようなところをただ歩くのでは、随分違
うということ。多分きつさ自体はそれほどかわらないのだろうけれど、水流れが聞こえるのとまったくないのとでは、気分的に大きな違いがありました。
沢登りというのは、ただ水の中を歩いていけばいいものだと思ってました。単純に水がなくなれば終わりだと。あまい考えでしたです。まったく。
私が1番苦しかったのは、川を登り終えてからだったんです。あの時の苦しさといったらほんとにしんどかった・・・。木の枝を掻き分け、鹿のフンを踏まぬよう避けて歩く地獄の斜面。みーんな2本の足だけで登っていくのに私だけ四つん這い。自分が滑り落ちるのを防ぐため、登りやすくするために、邪魔になるものすべて抹消-という残酷な方針で、これから育とうという枝という枝を片っ端から折りまくってました。今だからいえるごめんなさい。あの時はそんな心の余裕すらないほど必死だったんですよー。
「天辺はまだですかー?」これを何度口にしたことか。天辺に着くまでに「すぐだよ」という秦サンの言葉も何度耳にしたことか。
“この1歩で終わり、やったぜベイビー!!”と思った瞬間、手の先から指の先までピンと伸ばした恰好で、ずずずと滑り落ちました。ギョエーと思ったそのとき、そう、勝野サンが支えてくれました。あの細い腕で。私、勝野サンなしでは登れませんですよ‥。
不様な姿でやっと到着した私は、心の底から午後の紅葉がおいしい・・・と思ったのでした。
コワーいと思うところも、もうダメだと思うところもいっぱいありましたけれど、肩で息しながらでも登りおえた時ほ本当にうれしかった。不思議と楽し会った記憶ばかりが残っています。
今回の沢登りも私だけが大騒ぎしてたような気もしますが、行ってよかったーと1人うなずくみなみでした。

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