谷川岳 一ノ倉沢 一ノ沢左稜

2004/3/5-6
桜井・矢野・横澤  横澤 記


駐車場のロビーを出ると、小雪が舞っていた。
気温は高く、まったく寒くない。オーバージャケットで装備を固めたがカッパでもよかったかなと、そんな思いさえよぎる。昨夜は、暖房の効いた暖かいロビーで快適な睡眠を貪ったせいで体調は万全。気になるのは、不安定な天候だけである。

当初は矢野さんと昨年末に3ピッチ敗退した「中央稜」を登攀予定であったが、急遽羽場さんが参加できなくなったこともあり、桜井さんリベンジ課題である「一ノ沢左稜」へ同行することになった。
中央稜のプレッシャーに耐え抜いた後でナーバスにもなっていたせいか、桜井さんからの変更申し入れを自分でも意外に思うほどあっさりと受け入れた。自分に負けたような、ほっとしたような多少複雑な気持ちを抱えつつ、中央稜用に揃えていたギアを雪稜用に詰め替える。

出合に8時頃到着した。冬の一ノ倉をやろうとしている人間としては、かなり遅めの到着。出合から一ノ沢をちょっとつめて、登りやすそうな左壁を直登する。ちょうど膝上くらいのラッセル。うしろの矢野さんより「ラッセルめっちゃ楽しそう。変わってください!」との変態的な申し入れがあり、ありがたく受け入れ先頭をゆずる。
やがて目の前の雪壁を切り崩して尾根に取付いた。ここから暫くは樹林を縫って尾根上を忠実にラッセル。矢野さんと交代しながらペースを上げる。時々晴れたり、時々雪降ったりと、ぱっとしない天気であるが、ナイフリッジの手前にさしかかったところで風が出てきて、降雪が横から流れるような悪い方で安定した。
ザイルを取り出し、いよいよ登攀開始。桜井さんから「横澤行く?」と、先行リードさせてもらう。

1P: 40mくらい延ばし、灌木を支点にビレイ。
2P: つるべで2人がリード。
3P: 50m一杯にのばして、岩角でビレイ。ボルトあり。ただしピナクル上から長いシュリンゲで直接取った方が安定感あり。
4P: やせたナイフリッジの下りを馬乗りで下る。安定しているので怖くはないが、こぎ続けていると結構疲れるものだ。風雪の吹付けるコル部で、不安定なスタンディングアックスビレイ。どちらかが落ちたら反対側に飛び込もうと、覚悟してセカンド・ラストをビレイする。もし飛び込んだら残りの一人はどうなるんだろう?と素朴な疑問が浮かんだが、寒いのでとりあえずビレイに集中。
5P: 雪のカンテを回り込み、凹角を直上。灌木にビレイをとりつつ進む。岩角に大きめのシュリンゲを巻きつけてビレイ。ここも安定している。
6P: ここで桜井さんリード。危なっかしい雪庇上を進むと、表層が一ノ沢側へ雪崩れた。表層雪崩に気にしてか、今にも崩れそうな雪庇寄りを進んでいる。もう少し安定した場所を歩いてもらおうと声をかけようとしたそのとき、雪庇が崩れて桜井さんとともに落下していった。ザイルがピンと延びる。半分は既にピッケルで止めていてくれたので衝撃も軽かったが、これにはなかなか驚いた。結構あっけなく崩れるモノなんだなと認識を新たにした。
そのまま岩峰上を進み懸垂支点を探す。見つからずに掘り起こし作業に四苦八苦。しばらくすると「見付けたー」とうれしそうな声。支点は先端の岩壁に(けっこう下の方)あった。ここから5~6m程懸垂。ザイルが引っかかり登り返して回収など、かなり時間を食ってしまった。
7P: 最終ピッチ。簡単な雪壁を処理。が、シュリンゲを肩に回した上から、ザックを背負うという初歩的なミスをやらかし、途中でバタバタと手間取る。今度は分かりやすい懸垂点も見つかり、15mほどの懸垂でシンセンのコルへ。

さあ、ビバーク準備。ブロックを切り崩してテントを張るスペースを広げる。それにしても風が強い。ブリザード状態だ。1時間30分くらいかけて整地してテントを張り、中に入る。こごえた体を解凍し、飯を食って水を作るともう22時を過ぎていた。あわてて寝る準備をする。明日晴れたら東尾根。雪が降っていたら一ノ沢下降ということで話合った。夜中に吹きだまりに積もった雪でテントが潰され、呼吸困難に陥る。隣の矢野さんをプッシュするも微動だにせず。まぁいいか、と雪の重みを存分に味わいながら再び眠りに落ちた。
朝起きると既に6時を過ぎていた。完全に寝坊だ。体を圧縮している雪が重い。
さっさと朝飯を食い、支度をする。残念ながら雪は降り積もりやむ気配がない。
一ノ沢を下る。3人とも「降雪直後の冬の沢」を下っては危ないという自覚は充分にあった。悪天候下での東尾根をあきらめ、一ノ沢を下ったのは、リスクを合意しての選択結果である。そしてこの判断ミスにより、見事に雪崩に巻き込まれたことになる。

「いやな感じだね」「怖いなぁ」と言いながら下り初めて30分。
雪崩は音もなくやってきた。腰まであるフカフカの新雪をかき分けながら下っていたので、突然ザックに衝撃を受けひっくり返された感じだ。ゴロゴロと何回か転がった後、仰向けになり表面を泳ぐ。転がりながら雪をたらふく飲んだ。メガネの間にも容赦なく雪が入ってくるので前が見えない。
流されている間「これは、やられたなぁ」と結構冷静な自分がいた。泳ぐというよりはただただ流される感じ。さらさらした雪で意外と軽かったので、これは助かるかもと思い、本流から脱出すべく左手に全力でこぎ出す。万が一に備えてザックのベルトを外しながら歩いていたので、いざとなったらさっさと捨てようと思っていたが、体が沈んでいかないので背負ったまま脱出を試みる。

雪崩の勢いはじょじょに弱まり、気が付いたら流れから投げ出されて止まっていた。最後はコンクリート化現象が待っているものと思っていたので、助かったと実感した。流されたのは50mほどか?ほんの数秒程度だったと思う。
下を見ると矢野さんが転がっていた。「大丈夫?」と声をかけると「大丈夫やで」の返事。ふと、僕と矢野さんの間を歩いていた桜井さんの姿が見えない。埋まったか!?探さなきゃと思うと同時に、この状況で見付けられるかと不安を感じた。ビーコンもない、ゾンデもない、スコップも簡易スコップしかない。。。
と、矢野さんが遙か下に桜井さんの姿を見付けた!コールをかけると大丈夫そうだ。ほっと胸をなで下ろす。本流のど真ん中に乗ったようで、我々より50mほど下へ流されていた。雪煙の中、立ち上がる人影が見えた。もし何かあったらご家族になんて言おうかと反射的に思った直後のことだったので、脱力しそうになった。

降雪は弱まる気配はなく、深々と降り続けている。「こりゃ2発目が来るな」振り返ると新雪をたっぷりとたたえた沢が一層不気味に見えた。やはり、人間が安易に来ては行けない場所なのだろう。こんなところから早々に退散したいのだが、右膝をひねったらしく力が入らない。なるべく端へ端へとを逃げるように下る。

ようやく本谷が見えてきた。はやく安全圏に逃げたいという気持ちとはウラハラにラッセルが深くて全く進まない。ふと呼吸を整えるついでに沢筋を振り返ってみると、雪煙が結構なスピードで近づいてくる。
「2発目だ!」
なるべく端へ避けようと逃げるも、ラッセルが深く遅々として進まずに、もどかしい。と、見事に2発目を食らう。今度は5~6mほど飛ばされて止まった。ほぼ末端がかすった感じだ。先行していた矢野さんは食らわずに済んだようだ。
昨日付けたトレースもかき消された本谷をボロボロになりながら下り、ようやく安全圏の避難小屋前に着いた。ザックを投げだし、腰を下ろす。山をやっていて初めて本気で「生還した」と実感した。桜井さんがうまそうにたばこを吸う。3人ともこうして生きていることに、ただ感謝。トレースの消えた車道を矢野さんにラッセルしてもらい、駐車場に戻ったのは12時30分過ぎだった。

<反省>
山岳事故の報告書でよく見る「まさか」とか「自分だけは・・・」という意識がまったくなかったといったらウソになる。それでもリスクを考慮して判断を下したつもりであった。しかし、その判断が「負」側に働いた時どうなるかという想像力が欠如していたことは否めない。
また、自分の置かれている状況を冷静に見つめ、総合的に安全側で判断できていたとも言い難い。装備もお粗末なものしかなかった。
判断ミスを起こさなければ、山では遭難しない。今回判断ミスが起こったのはなぜか?
「正確な判断を下せなかった経験不足」、「判断を鈍らせる自然状況」、「希望的楽観」、それらに全員が負けたというコトだと思う。あの状態で仲間を失っていたら、悲しむ資格すらない気がする。
自然に対して改めて謙虚な気持ちになった。
また、クライマーとして意識を変えて行く必要を感じた。
シビアなトコロに向かえば向かうほど「判断力」は重要になる。シビアじゃないところではニ重三重の安全対策を事前に打っておくことが可能で、判断ミスが生命危機に直結することは少ない。判断力を高めながらシビアなレベルを上げていくことを「経験」と呼ぶ。この経験を積むためには、(多少の)無理をすることも必要であると思っている。このステップの刻みを見誤ると当然のことながら生命危機にさらされる。
ステップの刻みを考える時、判断力を要求される場面に直面した時、自分の想像力がどれだけ働くか、どれだけ客観的視点を維持できるか、それがクライマーに最も必要なスキルだと思った。そして、リスクに見合ったどれだけの対処方法を持っているかが、クライマー真の能力だと思った。

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