2017.7.16-17 小常木谷の遡行

2017/7/16-17
長谷川 単独


海の日三連休の五日前になって、突然思い出した。そうだ、小常木谷があった。

アプローチを含めて二日で電車とバスで帰って来れる、比較的近場で楽しめる沢、というのがなかなか思いつかずにいたのだ。昔から気になる沢ではあったのだけれど、独りで行くのは小難しそうで行きそびれていたのだが、どうだろう? 経験的にできなくはないな、と思う。ゆるーい根拠だが。

7月16日。朝8時半。奥多摩の駅前は大賑わいになっている。鴨沢方面の臨時バスを2台見送ったすぐ後、丹波行きの定時便に乗り、終点に着いたのは一時間後。既に熱気を放射する青梅街道を更に奥地へ40分ほど歩くと、余慶橋が丹波川をまたいでいる。

橋の手前から右手に山道がついているのを辿り、左へ折れて山腹をトラバースして行くと、すぐに川原に出た。二股の手前だが、こんなだっけ? 数年前一度、中野君とこの山道に入り前飛竜に登り、その途中で小常木谷の取り付きを通過しているのだが、どうも違う。いぶかりながらも装備を身に付ける。入渓11時。

二股は右がゴルジュの入り口めいた感じで、左が幅広い。遡行図を見ると、右が火打石谷で、小常木谷は左だ。左の沢へ入る。大きな沢で、数度の渡渉後すぐに足のつかない深みになりいきなり泳ぐ。こういう沢だっけ? と思っていると頭上から車の音が振って来て、ようやく気づいた。「丹波川本流だよ、これ!」

あたしったらお馬鹿さん。・゚♡゚・ 100メートル戻って右の沢へ。狭い谷を進むとほどなく川原が開け、顕著な二股と、右の山腹から降りる山道。ここが本当の取り付きだった。山道はもっと上へ、谷を大高巻きする形でついているのを見過ごし、沢へのショートカットルートに入ってしまったのだろう。

アプローチをややこしく終了したら、もう昼近くなっていた。

ここからが小常木谷。釜がちょいちょいあるが、おおむね平凡な歩き主体の渓相。だがこれは水量が少ないせいもあるだろう。本来この倍くらいあるんじゃないかな。入口の谷も普通にただ歩いて来たけど、他の記録では結構なゴルジュで、泳いだりへつったりするらしいのだ、へえー。

泊まり計画なので、ゆっくりだらだら進む。時々釜の中を小さな魚影が走るが、釣り師もいない。入渓以来誰にもあっていない。時間が半日遅いせいかとも思うが、ごみも踏み跡も、人の入った気配そのものがいまだ出てこない。やがて左の大きな枝沢を見送ると、とうとう滝が現れた。

「置草履ノ悪場」が始まった。そのしょっぱな10メートル兆子の滝。ほぼ直瀑で流水左の壁に登路がある様子。取り付くと下半分は易しいが、上で出っ張った岩に妨げられる。左から岩を巻くとスリングが残置になっていた。しかしあまりにも古く芯もほつれて出ているので、さすがに使えず見なかった事にして登る。

抜けると、すぐ目の前に次の滝。

8メートル逆くの字滝という、名の通りの形にまがった樋状の滝。こういう手足の突っ張りで登るのには、トラウマがあるんだよなあ。今までなんども寸足らずで外れて落ちてるのだ。いやだから、右からとっとと巻いちゃった。

その後には緩い滝。こういう緩急があるのは楽しいなあ、と思っていると現れたのは12メートル不動ノ滝。黒光りして立った壁の上から大量の水を撃ち落とし、取り付ける気配もない。手前右横のルンゼから取り付き、落ち口の方へにじり寄って行くが途中すべりそうで怖い。最後はしっかりした立ち木から懸垂下降して小さく巻いた。通常は次の5メートル滝もまとめて高巻くらしいのだが、ロープで確保しないと、大高巻きはかえって危ない気がしたのだ。結局次は所詮小滝なので、特に苦労もなく登る。

次には何が来るのかという、どきどき感を久しぶりに楽しんでいる。それは怖さとも混じりあった、やや複雑なものでもあるのだけれど。

しばし進むと、大きいがそれまでより気配の明るい滝。傾斜が緩めで途中に顕著な段差があり、水は放射状に広がって流れ落ちている。いちいちトポで滝の同定をするのが面倒なので、見ずに雰囲気で取り付く事にした。下部は左から問題なく登り、バンド状に立つ。その上だが、さて困った。

水流際に残置支点が一つ。水流左の乾いた壁は傾斜が立ち、ロープでの確保が必須だろう。水流部は緩くホールドはむしろ洗われてしっかりしているのが触ればわかる。が、シャワーで前がほぼ見えない。眼鏡を外して口にくわえたまま暫く逡巡した。難しいクライミングではない。突っ込めばまず登れるだろう。しかし、どこかでもし、滑ったら?

クライムダウンした。登るより面倒だった。右から高巻いた。岩が崩れないかと冷や冷やした。落ち口の上にあるバンドをトラバースするが、際どい箇所に下がっている残置スリングがミイラ化して使えなかった。が何とか、抜け出した。

以前から、「頑張る」と「無理する」の境界はどこなのだろうと思っていたのだが、これがそうなのかな。もし今回のような状況で、いつも突っ込む判断をしていたら、何回かはうまくいっていい気になれるだろうが、いずれはやらかしてしまうに違いない。だから高巻きでちっとは面倒な思いをしたけれども、これでいいのだ。

(今年5月、沢屋なら皆知っているだろうブロガーの方が、沢の事故で亡くなられた。悲しいね)

下りれば、谷は開け明るい川原になっていた。左岸に小広い台地があり、その上に緑の樹林が緩く伸びている。見ているうちにそれまでの緊張感がどんどんとけてしまい、ザックを下ろした。

午後3時。宿営地に到着。独りだから、頑張らなくても誰にも怒られない。梅酒200ccと赤ワイン500ccを伴に、沢のさざめきにいつまでも浸る。

朝4時に起床。すべてを撤収し、沢が朝日に光り出した5時半に遡行を再開する。

実は現在地がやや不明。昨日の最後の滝がトポのどれなのかが、良くわからないでいる。置草履ノ悪場を越えているのか、いないのか。と、ほどなくまた谷が狭まり行く手に釜と、2段になった滝が出現した。ということは、これが本当の置草履最後の大滝なわけだ。

下段は登れそうだが朝から釜に入りたくないし、上段の方も悪そうだ。即決、高巻き。右からかなり高く巻くが、これも正直怖かった。

越えたすぐ先左手に、はっきりわかる支流の岩岳沢が入るが、その手前にもビバークできる平らな台地があった。ここのほうがやや明るく広いかもしれない。

谷の険しさが消えた。悪場は越えたなあと思い気持ちが楽になる。すぐに10メートルの幅広めの滝が出るが、流水右にしっかりしたホールドが豊富にあり、無難に登れた。

渓相は進むにつれ、ナメ滝主体の癒し系の沢にどんどん変わって行き、岩が赤みを帯びて赤木沢でも登っている気分。後の問題は詰めだが・・・

多くの記録では、左から入る何番目だかの枝沢がナメ床になり、それを詰めているらしいのだが、はていっこうに出てこんのだよ。みんなガレ沢ばかり。今水がないせいなのか、近年の沢の荒れようなのか、とにかくどの枝沢を言っているやら判別がつかない。時間的に丁度ここらかというタイミングで、はっきりした枝沢に出くわしたが、これ滑沢っていうかなあ、ガレなんだよなあ。これ詰めたいかあ?

どう見ても本流の方が歩きやすいのだ。結論、迷ったら本流。

詰めにはやって枝に逃げる意味がわからない。打ち切る理由というのが、本流を進んでも平凡になってつまらないから、という事らしい。人より格段優れた事が何一つできない凡人のおれは、平凡が駄目ならこの先どう生きりゃあいいもんかね。

基本、沢は詰め切るべきなのだと思っている。そうでなければ遡行完了と言えないではないか。前にも言ったけど、いいところまでで終了というのはフリーのゲレンデ壁の話と混同しちゃいないか。

本流を愚直に進もうと思う。谷の奥が見たいのだ。目の前に小滝がふさがり、それを登って越えるまではわからない、その先にある一つ一つの世界をこの身でめくって見て触って感じて行きたいのだ。この身でだ、何かに書いてあるからではなく。

沢幅は細くなり、小滝の積み重なりが続くようになる。水流もところどころ伏流となって消えかける。こんな生きた渓相の変化を「平凡」としてただ切り捨ててしまう輩は沢の何を見に来ているのだろうね。

沢床が立ち上がって来た。この先で水が消える気配。源頭に達したのだ。沢は二股に別れ、正面の本流もがれた先に枯れ棚らしい岩が見える。

左に傾斜の強い藪尾根をはさみ、やはりがれた枝沢。更にその左にややなだらかで藪もない支尾根がある。いずれにしろ、空はもうほど近い。

ここまで来れば詰めても良いだろう。最後の水を仕込んだ。乾いた岩に上がり、靴を履き替える。

詰めは最も歩きやすそうな、左の支尾根を選んだ。バイルを手に実際上がってみれば、鹿の踏み跡が地形に沿ってじぐざぐに付き、滑落の心配もあまりなく高度をかせいで行く。数メートルおきに生えた灌木で、都度休みながらゆっくり進むと、最後に笹薮に阻まれた。

藪の切れた先に道の気配。多分20メートルぐらい。頭から突っ込み直登敢行。じりじり押し進み、とうとう土の上にタッチダウンした。

尾根道に出たのだ。右を向けば尾根を少し進んだ先はもうピークだ。前飛竜の向こうにはもう遮るものもなく広がる空。ああ、完登できたな。

10時40分終了。暫くぼうっと休む。やりきったなという思い。満足だ。生きて帰れるし。11時になって下山を開始した。最後まで詰めた分下山路も長くなったが、それもご褒美。岩岳尾根を3時間かかって、ふりだしの余慶橋に着いたらもう一度汗だくになっていた。

ペットボトルに残っていた水を頭から浴び、丹波のバス停へぐだぐだ歩いて帰った。

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