北アルプス 爺ヶ岳南尾根

2013/5/3-4
長谷川  記 長谷川


本来の計画は、扇沢から柏原新道をアプローチして種池山荘に出、爺ヶ岳を経由して鹿島槍まで行って往路をもどる、という筈だった。鹿島槍は以前2回、八方尾根から五竜まで行ったものの天候等の事情で敗退しており、今回はあえて反対方向から狙ってみたのだけれども。

3日の朝、新宿7時発の特急に乗るが、自由席は満員で甲府まで立つ。そこからは座ってうたた寝しつつ、松本で乗り換えて信濃大町まで。増発便のバスで少し早めに扇沢についた。食事やトイレなどの儀式をすませ、12時に歩き出す。15分足らずで登山道取付き。雪は全然ないなあ、と思う。登山道に入ると部分的に雪渓があるが、概ね土の地面。30分ほど歩いたころだろうか、急斜面にさしかかる手前に立札があった。「柏原新道は雪に埋没して通行不能のため、爺ヶ岳へ直接抜ける南尾根を登ってください」とあり、方向を示す矢印が右上を向いて書かれている。へ? そんな話は聞いてませんわ。

たじろぐが、ではここでやめるわけにも行かず、とりあえず示された方へ進んでみるとなるほど、尾根にそって踏み跡が続く様子だ。みなここを登っているのだろう。だがこの時間に取付いているのは自分独りで、まったく様子がわからないのでけっこう不安だ。地図を出してみるが、南尾根はルートとしての線引きはされていない。積雪期だけのルートになるのだろうが、地形を見ると単純に尾根沿いに登ればいいだけのように思える。一番の心配はビバーク地だが、でたとこ勝負しかないよなあ。畳一枚のスペースくらいなんとかなるだろう、と自分に言い聞かせる。少し登ると気温も下がり、雪が出て来たのでアイゼンを装着した。道は樹林帯のけっこうな急登が続き、西から谷を越えて吹く風が強く冷たい。3時を回るころから、泊まる場所の心配を始めた。樹林帯の中にも整地すれば泊まれる場所はなくもないが、と迷っているうちに道は樹林を右に出、雪面を登り始めた。風が尾根に遮られてなくなっていた。登ってほどなく、小テラス的な平らな場所に出た。前方にはもう1ピッチくらい急登が続き、抜けた所に平坦な場所がありそうな予感はあるが、あまり上に行くと風が強そうだ。ここでいい、と決めた。

整地をするとジャストひと張り分の非常にいいテン場になった。準備をしていると、熟年男性2名のパーティーが上がって来て「いいところを見つけたね」と言われた。話をしてみたが、このすぐ上のジャンクションピークを抜けたところにひろい場所があるらしい。ようするに、ちゃんと情報を調べてきているわけで、わかっちゃいないのは自分だけなのだな。雪を袋に詰め、テントに入ったのが4時。この位の時間がベストだろう。熟年二人組もこのすぐ上のあたりに場所を見つけて張った様子だ。ひとまず落着いて、独り宴会態勢へ移行してゆく。

四日、起床4時。水はペットボトルに1?と、テルモス0.5?を用意。6時に撤収を完了して出発。空は良く晴れて、周囲の山並みがクリアーに見渡せるが、尾根の西側の風の音が強い。そこそこ傾斜のある斜面をひと登りすると開けた場所に出て、テントが7つくらい50メートルほどの緩傾斜のルートに沿って張られていた。爺ヶ岳のピークが見えてくる。再度はだかった急傾斜帯を登って行くと、前方に人の姿が増えだした。と同時に周囲に遮るものがなくなって、風がめっぽう強く痛いほどに冷たい。しばらくフリースでがまんしていたがじきに限界が来て、上にゴアレインを着て目出帽とフードをかぶり手にもオーバー手をつけた。冬山だなあと実感。正直この辺りから気持ちが山とは逆に下降を始めている。

ようやく南峰に出て、体温を風に千切られながらひと下りしひと登りして、爺ヶ岳の本峰に立ったのが八時半頃。呻きながらザックを降ろし北へ続くルートを見やると、大きな雪庇の北峰を越えた下方に冷池山荘。そしてその先に雪煙を高く噴き上げた鹿島槍ヶ岳。初めて間近に見る峻厳な姿だが、あれをこれから登るのだという意欲がどうにも湧いて来ない。山荘まで行き、荷物を置いてピークまで行って帰る時間は十分あるのはわかっている。重荷と冷たい強風に疲れ、モチベーションがすっかりなくなっていた。下降を決める。

下り出すと皮肉なことに、風が弱まって行くようだった。南峰を越えテント場に近づくに連れて、登りの人が増えて来る。テントも大半が撤収され、残りの人たちもこれから帰るだけなのだろう。早朝から登り始めた人の群れはどんどん増えて行く。下山は気持ちが萎えて疲労感ばかりがあり、けっこう時間がかかった。扇沢には午後1時過ぎに着いた。バスで信濃大町に着いてここで今回一番のへこみ事態。「あー、ピッケルない」下山途中からザックにつけておいた筈が、抜け落ちたらしい。しばし呆然。

酒だけはたくさん買い込み、各停の中央本線で飲んだくれながらもろもろを反省。気持ちも技術も支えるものは、一にも二にも体力だなあと思う。本来の目標は、鹿島槍を越えて五竜までつなげることなのだから、もっと荷も増え登下降も難しくなる。ダブルアックスになるかも知れない。相当老骨に鞭打たないとなあ。やれやれ。

(ピッケルの件は地元警察に連絡したが、届いていないとの事。今後は普段アイスで使っているアルパインアックスを冬山汎用にする。新調する金がない)

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