明星山マニフェスト

2006/11/3
本多・相原 相原記


午前3時に駐車場に到着し、5時起床、6時出発。6時40分に取り付き。
1P目本多さんリードでスタート。2P目、Ⅵだがカムを使いながらのハング越えで早くも腕が張りそう。そして3P目、正しくはビレイ点右側から直上だったらしいが本多さんは左から回りこむ。そこは岩がぼろぼろで、たぶん支点も取れなかったのではないだろうか。真下にクイーンズウェイのパーティーがいて絶対に岩を落とせないし。フォローでも足がプルプル震え、「こんなところリードできない」と思った。そのわずか3ピッチで、「自分の登攀能力<壁のスケール」、とハッキリ自覚し、迷わずA0を使うようになる。一度などは残置シュリンゲに足を掛けてA1までしてしまう堕落ぶり。こうなるとクライミングを楽しむことなんてできなくなり、早く終了点に着くことだけ考えて登っていた。

隣のクイーンズウェイを登るパーティーが派手に落石を落とす。マニフェストはまだマシだったが、やっぱりどのホールドも信用できない。一度、足を踏み抜いてフォールしてしまった。6~7m落ちたのだろうか? ストーンと落ちたので怪我は無かった。
鷹ノ巣ハング下の10dのピッチも、ボルトラダーなのをいいことにA0の連続で越える。本来は一番おいしいピッチなのに躊躇せずA0している自分が情けないが、ゴールが見えてきた安堵感で少し元気を取り戻す。しかし案の定、フォローしてきた本多さんに「一生に一度のオンサイト・トライなのにっ!」と叱られた。
最終ピッチを終え、傾斜の寝たⅢくらいの岩場を登るが、今まで余裕がなくビレイ点でもシューズを脱がなかったため、足の指が激痛で一歩一歩歯を食いしばってヨロヨロと登る。本多さんに叱咤激励されながら登る。

ロープを解いたのが16時すぎ(?)。ブッシュの中、本多さんが凄い馬力で上へ下へと道を探すが、時々踏み跡っぽいところがあるものの、すぐに消えてしまう。
下降路がわからないまま日が暮れて真っ暗になり、幾分傾斜の緩いところで立ち木でセルフを取り、ビバーク。昨夜2時間しか寝ていないのと今日の疲れとでよく眠れるかと思ったが、浅い睡眠しか取れないまま朝を迎えた。
ブッシュをかき分け下山開始、一ヶ所懸垂を交え、最後の最後で赤テープを発見。迎えに来てくれた横沢・土屋の2人と合流した。僕が車のキーを持っていたため彼らにも寒い一夜を過ごさせてしまい、しかもルート2本の予定を1本にしてしまい申し訳ない。
岩壁の対岸の道路からしばし岩を見上げた後、車で糸魚川の町に降りる。ビバーク中に恋焦がれた温泉、最高だった。

自分にとっては約4年間フリークライミングに集中してきて、今年は新たな試みでマルチピッチルートに挑戦したわけですが、いろいろ試行錯誤しながらのトレーニングは楽しく、なかなか充実した一年だったと思います。来年は、今年やり損ねた黒伏、錫杖などが目標ですが、サマコレとマニフェストの経験・反省点から自分に何が足りないかは明白です。しっかりトレーニングして出直したいと思っています。

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