南大菩薩・滝子沢左俣

1994/5/8
メンバー:立木・木元  本元 記


滝谷出合までで敗退した春合宿の帰りの電車の中で、桜井さんがかつて所属していたモンテローザ山の会での山行の話をいろいろと聞いた。その会は全般に、クライミングをする人は少なくて、桜井さんも当時は沢登りをすることが多かったという。上越や東北をはじめ、今はもう登れない南アルプスの赤石沢まで、有名な沢の名前が次々に飛び出してきて、立木さんも私もすっかり感心してしまった。
そんな話をしながらふと窓の外を見ると、薮っぽいが三角形をした立派な山が目に入ってきた。大菩薩連嶺南端の滝子山である。
立木さんが、
「俺も昔はハイキングであの山に登ったんだよなー」と言うと、
「俺も滝子沢から登った事があるよ」と、桜井さん。
「面白かったですか?」と私が聞くと
「うん、なかなかいい沢だったよ」という返事。
その言葉を信じて、早速翌々日の日曜日に立木さんと登りに行くことにした。
7時半に立木さんの車で八王子を出て、滝子沢へ向かう。取り付きは国道20号線のすぐ脇で、パッと見た感じではコンクリートで固められたドブのようだ。少しがっかりするが、気を取り直して出発する。
初めは沢沿いの林道を歩き、その終点から適当に薮に突っ込んで沢に下りる。水量がとても少ない上に、大石がゴロゴロしていて歩きづらい沢である。しかし、立木さんは正月に痛めた足のリハビリも兼ねているので、良いトレーニングになると言っている。
ゴーロ帯を1時間余り登った所から水が流れだし、1m位の小滝も現れるようになったので、ここで足元をフェルトシューズに履き替える。
ところが流水が見られたのもわずかな間で、その先もゴーロが続く。結局2時間以上のゴーロ歩きで、滝場の始まる二又にたどり着いた。
だが、滝場とはいっても傾斜の緩いナメ滝ばかりで難なく越えて行く何だか一ノ倉沢の衝立前沢のようだ。核心の20m滝はザイルを必要とするらしいが、本当にそんな滝があるのか疑問を感じながら、グングン登って行く。
そしてその先の階段状の滝を乗り越えようとして、へりを掴んで上体を持ち上げかけたその時、ビュンという音と共に赤いザイルのようなものが飛びかかってきた。
“ヘビだ!”そう思った瞬間に両手はホールドを離してしまった。しかし落ちるわけには行かないので必死に態勢を立て直し、50cm程下のスタンスで踏みとどまる。すぐ下を登っていた立木さんが、「どうした?」と声をかけてきたので、「凄くでかいヘビです」と答える。
二人で慎重に、ヘビのいた部分を左から巻いて登ると、そいつはまだ同じ場所にじっとしていた。長さ1m80cm位の大きなヤマカガシで、鎌首をもたげてこちらを威嚇している。私もきっとそうだっただろうが、ヘビを見つめる立木さんの顔はひどく青ざめていた。
ところで、ヤマカガシは毒を持っていないと思っている人も多いようで、確かにそうかいてある本もあるが、最近の研究で噛まれると稀にはとても危険な状態になるということが判ってきたという(死亡した例も報告されているらしい)。
さて、恐る恐るヘビの脇を通り過ぎると、確かに20mの滝があり、立木さんのリードで問題無く登る。その後はすぐにツメとなりザイルを出したのはそこだけだった。
登山道に出て山頂を目指すと、立木さんは周りの様子に記憶があるという。山頂は展望は良いが中高年ハイカーが大量にたむろしているため、うんざりして早々に下山。ルートは滝子山南稜を下るつもりだったが、間違えて滝子沢左俣左沢の源頭に降りてしまった。予定外だが沢を下るのも良いトレーニングになるよ、と言いながら一気に出合まで駆け降りた。
思っていたよりは単調で、少々やさしすぎる沢ではあったが、滝谷出合いまでで終ってしまったかもしれない連休の最後の一日に、一本の沢を登れたということで、それなりの充実感はあった。

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