黄蓮谷右俣の記録

1991/9/22~23
メンバー:宇賀田・秦・江本・下野・山本・平舘  秦 記


いよいよ黄蓮谷右俣へ行くことになりました。
実は、私(秦)にとって黄蓮谷を目指すのは今回が初めてではない。古い手帳によると、85年9月15~16日、当時、会の先輩でのちに転勤のために会を離れたFさんと2人で尾白川に入った。その時は、不動の滝の上流も尾白川沿いにつめたため、数回の懸垂下降を含む悪い高巻きと、今回気がついたのだが、おそらく黄蓮谷の出合いを通り過ぎてしまったり、さらに降り出した雨のため、4時頃単に河原より一段高くなった平地を見つけて天幕を張り、翌日、尾白川林道から下山してしまった。
Fさんが「日野春まで歩こう」と言い出し、雨の中20号線をトボトボ歩いて、足が痛いやら腹がへるやらで情なかったのを憶えている。結局、釜無川にかかる大きな橋の真中あたりで登山者の車にひろわれ、救われたのだが。
それから6年、今年の9月は台風と秋雨前線のために雨の週末が続いていたが、後半の3連休の少なくとも2日目は大丈夫だという天気予報を信じ、6人が2台の車に分乗して新宿を出たのが9月21日の夜9時半頃。前日、地元の役場に電話で確認したという江本さんの提案で、尾白川林道に入るのはやめて駒ヶ岳神社に向かう。12時着、ややおぼろながら月が出ている。
翌日7時出発。黒戸尾根登山道を10分位登った地点に不動の滝へ至る遊歩道の標識がある。なかなかの急登ながら道はきれいで、1時間半で不動の滝に着く。
立派な橋を渡り、丸太で作られた階段を登っていくと、ほどなく尾白川林道に出る。林道は、崩壊や雨の侵食などでひどく荒れており、車の進入は無理だ。小さなトンネルを3つほどくぐると林道の終点で、そこから古いフィツクスのある踏み跡を下っていくとすぐに尾白川の河原である。駐車場から2時間半、まあ順調なペースだ。
曇ってはいるものの降りそうな気配はない。足ごしらえをして10時出発。
尾白川は、白い花崗岩の広々としたスラブにすべるように水が流れる。すこぶる快適なところで、乾いたスラブにペタペタとフェルト足袋の足跡をつけていくのが気持ちいい。ところどころ、ケルンに導かれて高巻いたり、深いエメラルドグリーンの水を湛えたおそろしげな釜を横目で見ながら登っていくが、水量が多いせいか、噴水の滝はその名の由来となった姿は見せていない。やがて左岸に大きな岩壁があらわれ、見上けると奇妙な形のオブジェが鎮座しているのが望まれる。獅子岩だ。
11時半頃、黄蓮谷の出合いで昼食。尾白川に別れを告げ、黄蓮谷に入ると沢の様相は少々違ってくる。尾白川が沢歩きだとすれば黄蓮谷はあきらかに登攀の領域に近く、大きな滝が次々とあらわれる。ルートファインディングを楽しみながら直登したり高巻いたりして登っていくうちに、左俣の出合を過ぎ、坊主の滝や千丈の滝もそれと知らずに通過してしまった。2時半頃、目の前にあらわれた垂直の逆の字の滝を見て、「これが奥千丈の入口じゃないか」「いや、時間的にまだ早すぎるよ」などと話していたが「よくわかんないけどみんな元気だし、まだ時間も早いから行こう」ということになった。予定では今日は核心部である奥千丈の手前までだったのだが、こうしてそれと気付かずに奥千丈の滝を登りはじめた。
逆の字は右手のやさしいバンドから超え、やがてトヨ状になったところで右側のせまいバンドにあがり、そこにある残置ピンで江本さんがリードする。せまいバンド沿いに登っていくが、かなり悪そうだ。「アーッ」という声とともに足を滑らせ、5メートル位滑落、ハーケンが一本抜けた。「だいじょーぶーっ?」
「大丈夫、大丈夫」と答える江本さんは、そこで上を見上げ、初めて今我々が核心部にいることに気がついたようだった。ガイドブックに載っている核心部の写真そのままだったから。
今度は私がザイルを結んで水流の左側の残置を目指して、アンダーホールドをさぐるが水圧が強くてダメ。で、バンドにあがりハーケンを2本打ち足し途中からモッサリした草付きをハンドホールドに外傾して濡れたスラブをトラバース。そこを超えると傾斜もおち、中段のテラスヘ。もう1ピッチザイルを使い、踏み跡をたどったところにあったせまい平地に天幕を張ることにする。全員揃ったのが6時頃。
たいした残業もなく奥千丈の上までこれたのは怪我の功名というべきか。倒木がなくて焚火ができなかったのは残念だったが、それでも米を炊いたごはんと野菜とシーチキン入りのカレー、それに各々が持参した豊富な酒とで疲れと緊張をほぐすことができた。 シュラフに入る前に天幕から顔を出すと、坊主岩中尾根の岩壁が月の光に白く浮かぴ、幻想的な美しさだ。
東京で聞いてきた天気予報に反し、2日目、快晴の朝を迎えることができたのは、ラッキーだった。奥千丈の滝の上流は階段状の滝が連続し、どんどん直登していける楽しい所だ。乾いた岩肌や水の飛沫が朝日を浴びている。見上ければ稜線の上は真青な空だ。大きなスラブ滝の左側を高巻いて降りた所がインゼルだ。広大なスラブが前方に広がるここでは、濃いガスの中だったら迷うかもしれない。最も右側の水流を登っていくと奥の二俣で、左俣の2段60mの滝がルートだが、右俣との間の小尾根の踏み跡を巻き、すぐ沢に下りる。
すでに源流である。山肌の色づきはじめたダケカンバが柔らかな秋の陽差しに映えている。江本さんのヨーデルが澄んだ空気に溶け込んでいく。岩に腰を下ろして休むみんなの表情にも充実感が溢れている。至福のとき。
初夏の頃にはお花畑になるという草付きにつけられた明瞭な踏み跡をたどると、黒戸尾根の登山者が次第に近くに見えてきて、フィナーレの近いことを知る。頂上直下の岩場の基部を登っていくと、突然、白ザレの縦走路に飛び出した。12時35分、山頂まで5分の所である。少し雲が出てきて山頂からの展望は望めなかったが、写真をとり、完登を喜び合い、3000m級の沢登りの充実感を存分に味わうことのできる甲斐駒の山頂であった。それぞれが心の中で憧れ続けてきた黄蓮谷もこれで終った。
そして、長い長い黒戸尾根の下りについたのは午後1時、駐車場に着いたのは6時半~7時半であった。

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