一の倉南稜敗退始末

1990/12/15~16
メンバー:桜井・鈴木(直)  鈴木(直) 記


夜中の一の倉出会い。ロープウェー駅より到着してテントの中でひといきつくと、なんと雨だ。
さすがに翌朝は雪に変わっていた。7:30に出発する。まだ雪に埋まらぬヒョングリの滝を左に巻き、夏道をあがる。下降点を行き過ぎてしまい、懸垂しながら右に戻る形になりタイムロス。
その間に、後続パーティー(翌日凹状ルートに取り付いた模様)が先にテールリッジに入ってくれてトレースをつけていってくれたので助かった。
中央稜基部には、11時到着。ここから、南稜テラスまでの烏帽子奥壁トラバースになる。当初ここが一番の心配のたねであったが、雪崩の危険はさほど感じられない。しかし、昨夜の降雪でトレースもなく、ひどいところでは胸までのラッセルを強いられ、2時間の行程となる。
南稜テラス到着1:00PM。もともと考えていた計画は、荷物を挙げて烏帽子の稜線まで、少なくとも4ピッチ目の草付まで行ってビバークし、国境稜線に抜けるというものであったが、時間的に無理である。今日は、2ピッチ程固定ザイルを伸ばし、南稜テラスでビバークすることにする。
これが最初の誤算。2日あればよほど天候が崩れない限り完登できるものと思っていたが、時間的に困難になった。
さて、桜井氏が取り付く。10mくらい上がったところが傾斜のたったフェースで難しく、さすがの桜井氏も力つきてテンションでひとまず降りる。代わって、鈴木が取り付くが、同地点で後一歩が進めず、落下。再挑戦するがやはり落ちる。
再び、桜井氏と選手交代となる。
桜井氏がようやく1ピッチを抜けたときには、もう日暮れも間近かであった。とにかく、1ピッチだけは抜けたということでホッとする。1ピッチも行けずに敗退ではさすがにみっともない。
これが誤算のその2。夏はあまり意識していなかったが、南稜はすべての岩といってよい程逆層である。あてになるホールドがない以上足で立ちこむしかないが、アイゼンでつるつるの岩に立ちこむのは容易なことではない。これほど難しいとは・・・。
南稜テラスの雪をならし、何とか2人分のビバークサイトをつくる。
この晩、また雪が若干降ったようだ。
翌朝は東の空が明るく晴れ間も見える。7:30。昨日ザイルを固定した1ピッチ目をユマーリングで登り、2ピッチ目、桜井氏がリード。
フレンズが有効とのこと。夏はフリクションで登れるチムニーであるが、アイゼンを付けると今にも岩からはじき出されそうな感じである。
3ピッチ目、鈴木リード。ルートがよくわからず、桜井氏の助言をえながら、右に左にバイルで岩をバシバシたたき、雪と氷を落としてルートを捜す。前にピンが見えないというのはこんなにも不安で怖いものであるのか。
ピンを発見するたぴに、寿命が(5分)伸びる思いである。こんなピンの少ないところで落ちれば昨日のようなわけにはいかないかもしれない。
フリーにはこだわらず、ピンを見つけると即座にあぶみを掛ける。1本残置、2本目残置、あぶみがなくなると、シュリンゲを掛けて足をつっこむ。
都合4本シュリンゲ残置。やっとの思いで、草付に抜ける。2時間かかったとのこと。
4ピッチ目、草付を桜井氏ラッセルで進む(一応ザイルで確保〉。
5ピッチ目、続けて桜井氏リード。左から巻いて馬の背リッジに出る部分。ここも最初ピンがなくいやらしい。ここを抜けた時点で1:00PM。時間切れだ。ここからは、快適なリッジ登はんになるだけに残念だ。
懸垂下降だけは夏なみに早い。南稜テラスでツエルトを撤収し、烏帽子奥壁の下部にザイルを張って待っていてくれているテールリッジ隊に合流。
今まで登った中で最も難しく感じ、冬壁への道の遠さを実感させられた。しかし、もう一度チャレンジしたいルートである。

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