恐怖の富士山の夜

1990/11/11~12
メンバー:桜井・尾原・本郷 本郷 記


11月10日(土)夜、早くも不吉なスタートであった。
いつものように宴会の途中、新入会員の三上さんが崖下へ足を踏み外し15m下へ落下した。(この間、立木さんの実況中継があり様子がよく判った)この時、翌日まさか自分が同じはめになるとは思わなかった。
11月11日(日)10時頃、五合目佐藤小屋を出発する(この遅いスタートも反省の余地はあるだろう)。出発してしばらく登っているうちに、何かいつもと違いなかなか調子が出ない。気持ちとはうらはらに足が全然前へ出ない。荷物も軽いはずなのになぜこんなに苦しいのだろうど思っているうちに七合目に到着。
我々屏風尾根パーティは、一般ルートのパーティーと別れ、七合目からトラバースを始める。ところが、私はいきなりトラパースで遅れ始める。
これはまずいと思いながら、休んでいるみんなに追い付く。そこで小宮さんが「降りた方がいいんじゃないですか」と下山をすすめてくれるが、私はせっかく来たのだから「大丈夫、大丈夫」といいながら登りつづけた。(これが失敗であった)しかしいくら時間がたっても全く調子が出ず、前の人と離れる一方である。だんだん暗くなってくるし、九合目あたりの風は、本当に強くだんだん不安になっくる。自分のこの調子と、時間から考えて今日中の頂上到着は無理と思い、リーダーの桜井さんにビバークを申し出
る。結局、桜井さんと尾原さんが同行してくれることになり、ビバークサイトを決定しビバークとなる。 整地が終わりテントを張って中に入ろうと思い、アイゼンをぬいでピッケルを手から離し、さてと思ったところでザックにかけてあるツェルトが飛ばないようにバイルをもう一本さしておこうとして打ち込むが凍結していてなかなかささらない。そこで思いっきり差し込もうとしたら足がズルッと滑った。「アッ」と思ったら雪壁を滑り出していた。
カチンカナンに凍っていて、何の手がかりもなく、ピッケルもアイゼンもなく、このまま吉田大沢を滑落していくのかと思い、もう駄目だと思った(夜7時30分のことだった)。帽子も懐電もどこかへ飛んでしまい、3人分の装備も一緒に落ちていった。その時、足が岩にぶつかり一回転して、今度は別の岩に頭
をぶつけて、その岩を左手でガバッとつかみ体が止まった。
上の方で尾原さんが「落ちたー」と騒いでいるのが聞こえ、こちらから体が止まった事を伝えザイルを投げて貰う。しかし、ザイルが全然とどかない。50m以上落ちたようだ。横を見ると3m程向こうにピッケルが落ちている。トラパースをしようとするが、キックステップが全くきかない。しかし、何とか微妙なトラバースしてピッケルに手がとどいた。ラッキーにもその横にバイルも1本落ちていた。足と腰を強打したが何とか登れそうだ。その2本を使いダブルアックスで登る。
ザイルにとどき、アンザイレンし上の二人が確保してくれた。しかし、上のビレーポイントも信用できないので、絶対落ちれない。慎重に登って上に着いた時はまさに九死に一生を得たという言葉がピッタリだった。しかし、装備が殆ど流されてしまいアイゼンも無い。さて、明日の行動をどうしようと3人で相談するが、結局、頂上へ向かった立木さん達の手をかりて、装備を捜して貰うしか手はないだろうということに落ち着いた。その晩は、寝苦しく長い夜だった。
11月12日(月)6時頃、テントから私が顔を出して下を見ると何とアイゼンがたくさん落ちている。数えてみると3人分すべて落ちているではないか。桜井さんの「助かったー」という声で私も希望がわいてきた。
さっそくザイルを2本つなげて90mにして、それにテンションをかけながら、下へ降りていきすベて回収出来た。しかし、さらにザイルを伸ばして貰い、下を見回して見たが、何も無く、一番出てきて欲しい桜井さんの靴も無い。アイゼンを取り戻せたことで行動可能となり尾原さんが頂上に向かい、立木さんらに救助を求めた。
10時30分頃、立木さんらと合流でき、吉田大沢を下りながら装備の捜索を行う。この時、一番急な所を歩いていた尾原さんが第3の滑落をした。やはり50m程滑ったであろうか。なんとかピッケルで止まった。 しかし、尾原さんがなかなか立ち上がらない。見ると顔が血だらけで、思わず恐怖を感じるほどだった。私が装備を流さなけれぼ、尾原さんもこんな目に会わずに済んだのにと思うと胸が痛む。
ズーッとさらに下って行くとザックが3つあり、ほとんどの装備がいっしになっていた。きっと誰かが遭難と思ってとめておいてくれたのだろう。
そして、五合目に下りた時、やっと生きた心地がした。帰りの車では、三上、本郷、尾原の滑落トリオが松元さんの車に乗り、気まずい思いをしたのは言うまでもない。
最後に、私の不注意の為に、同行してくれた、桜井さん、尾原さん始め、会の方々に迷惑をかけた事を深くお詫びします。私を悪い手本として、行動中(言い換えるならシュラフに入るまで)冬山では、絶対手にはピッケル、足にはアイゼンをはなさいないようにしましょう。
今回は山の神様が「一回だけだよ」と、助けてくれたような気がします。
二度と同じ過ちを繰り返さないようにします。

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