1995年の遡行記録

木元  記


私が参加する沢登りの山行の計画は、私自身が計画したものがそのほとんどを占めている。そのため、というわけでもないが、山行を終えた後に同行者から、「今回の記録はだれが書く?」と問われると、つい「うん、おれが書くよ」と答えてしまうことか多い。
そうやって安請負している間に、書くべき記録というのが随分とたまってしまった。実際に書いたのは6月の大荒川谷の記録だけで、他は一切てつかずのままだ。
面倒だからこのまましらっばくれてしまおうかとも思ったが、それでは他の会員にしめしがつかない。だからといって、細かく丁寧に記録を書いていたら時間がいくらあっても足りないので、止むおえず今回は、それぞれの沢について簡単にまとめるだけになってしまった。

 1.丹沢 本谷川・キュウハ沢

▼1995年4月16日(日)
▼木元・山本裕

この頃の私は会社に振り回されて、上司の言うがままにこき使われ、心身ともにボロボロになっていたときであった。山に対する意欲もまったくなくて、休日もただ寝ているだけという状態が続いていた。
しかしあるとき、こんなことではいけないと思って電話で裕さんに相談すると、それだったら足馴らしに、やさしいキュウハ沢に行こうと言ってくれたのだった。
ところが話が決まっても、登る意欲はまったくわかず、前日の夕方に裕さんが車で私の家まで迎えに来てくれたときも、私は昼寝をしていて一切仕度はしていないという有様だった。
慌しく準備を済ませて出発し、翌朝遡行を開始してからも登りたいという気持ちは全く起こらず、高巻けるところはすべて高巻き、水につかる場面はほとんどなかった。登ることよりも降りることばかりを考えて、途中のヤブ尾根からのエスケープや、枝沢の四町四反ノ沢を遡行して下山時間を短くすることを真剣に考えて、裕さんには随分と迷惑をかけてしまった。
肝心の沢に関しては、ほとんど水流の脇の河原を歩いたためかもしれないが、ただのガレ沢という印象しか残っていない。

 2.奥秩父入川・大荒川谷

▼1995年6月2日(土)~3日(日)
▼木元・山本裕

この沢は私が約束した記録を書いた、唯一の山行だ(会報111号)。その記録には書いていないが、このときも私はまだ本調子ではなくて、先を歩く裕さんについて行くのがやっとであった。ほとんど練習をしていない私に対して、彼は前の週にダイレクトカンテを登って絶好調であった頃だから、しかたがないとは思うが、少し悲しい思いをしたものだ。
この沢は白山書房の「フォトガイド沢登り」に取り上げられていて、そこに見事なゴルジュの写真が掲載されていたので、一度は訪れてみたいと思っていた沢だ。
実際にはそのゴルジュは、入り口の部分から右を高巻いてしまうので、ほとんど印象には残らない。全般的に地味な沢であった。

 3.奥多摩・小川谷・割谷

▼1995年6月10日(日)
▼木元・山本裕・杉浦・高島

今回同行した高島というのは昭ちゃんの専門学校の後輩であり、私もそのころから良く知っていて、嵓に入会する以前は一緒に沢登りに行ったことも何回かあった。
彼女を初めて見たときは、女の子というよりも、少年といった方がふさわしく感じるような雰囲気を持っていたのだが、その彼女もこの秋に結婚することが決まったそうだ。結婚したら自由な時間がとれなくなるので。その前にもう一度沢登りをしたいという。そう言われると断ることもできず、簡単な沢に連れて行ってあげることにした。
メンバーは先輩である昭ちゃんは当然として、あと一人、最近ずっと行動を共にしている裕さんにも来てもらうようにお願いした。
前夜に車で林道の終点まで行き。テントを張る。遡行自体は非常にやさしいが、高島のために3個所ザイルを出した。あまり大した沢ではなかったが、私はこういうのどかな奥多摩の沢が好きだし、高島もすごく喜んでくれたので。気持ちの良い山行となった。

 4.奥多摩・日原川・大雲取谷

▼1995年6月17日~18日
▼木元・山本裕

私がこの沢に入るのは、実は今回で2回目となる。前回はちょうど6年前の1989年6月17日で、生まれて初めての沢登りであった。
メンバーは昭ちゃんと、彼の専門学校の先輩の吉川君(湯河原幕岩に来ていた彼です)。 このときは入渓してすぐの小滝でスリップし、情けない思いをした。結局最初の核心の小魚留めの滝を越えることができずに敗退した。苦い思い出である。
今回は楽勝で遡行できるかと思ったが、そうはいかなかった。あやふやな記憶に頼ったために取り付きを間違えるし,前回と同じ小滝でスリップしてあやうく流されるところであった。平水よりも10cmほど増水しているようで、ちょっとした渡渉でも水圧に苦しめられた。権現谷出台のゴルジュでは、首まで水につかって突破した。
予想以上に困難な谷で。もし前回に来たときに、小魚留めの滝を通過してその先まで進んでいたら、とんでもないことになっていたと思う。
しかし、思った以上の苦労はしたけれども、とても綺麗な沢でもあった。ビバーク地を出発した翌朝、苔むした流れに朝日が反射してきらめいている様子を見たときは、あまりの美しさに感動した。私の大好きな沢の一本である。

 5.丹沢・神ノ川・伊勢沢

▼1995年6月25日(日)
▼古川・木元・山本裕・村上・佐藤寿・杉浦・小林

この日は会山行で、前夜はベテランの松野さんや直樹さん、それにあまり沢登りはしない佐藤さんまで来たので。随分と賑やかになった。
その佐藤さんに、「沢登りに来るなんて珍しいですねえ。どうしたんですか?」と聞いたら。
「いや~、たまには歩かなくちゃいけないなーと思ってー。」と恥ずかしそうに答えていたのが印象的だった。
さて、この沢は大滝をのぞくと困難な箇所もなく、ツメも楽で、下山に要する時間も短い。しかし、その大滝が曲者だった。
まず村上さんがリードして、水流の左側にザイルを固定する。高度差は45mほどで傾斜も強い。残った6人がプルージックで次々と登っていくが、随分と時間がかかってしまった。さらに、先に登った者が落石を起こすので後に続くものはかなり恐ろしかった。ピッチグレードは4+くらいあり、モチコシの大滝と同じくらいの難しさに感じた。 以前から登りたいと思っていた沢だが、大滝が強烈すぎて。他はほとんど印象に残らなかった。

 6.南アルプス・野呂川・白井沢

▼1995年7月15日(土)~16日(日)
▼木元・宮城・杉浦

この山行は、宮城君がすでに報告をしいている(会報112号)。森林の深い緑と、背後にそびえる雄大な北岳の姿が印象印具に残る、明るくて美しい沢だった。

 7.丹沢・中川川・東沢本棚沢

▼1995年7月23日(日)
▼立木・宮城・杉浦・小林(木元)

この山行も、宮城君が報告を書いてくれている(会報113号)。それを読んでもらうとわかるが、情けないことに私は二日酔いで、アプローチの途中でダウンしてしまい、この沢は登っていないのだ。山に行くときはいつも遅く集合して遅くまで飲んでいるため、翌朝の行動がとてもつらい。今回は時間があるので早く集合して早く寝るつもりだったのが、早くから飲み始めて、いつも通り遅くまで飲んでいるという結果となってしまい、まったく逆効果であった。

 8.奥多摩・多摩川・水根沢

▼1995年8月18(日)
▼松元・山口・秦・川崎・宇賀田・桜井・松野・鈴木直・木元・山本裕・平館・村上・宮城・吉江・小林・倉島

この沢に入るのもこれが2回目で、前回は嵓に入会する少し前、1990年の9月のことでめった。メンバーは大雲取谷のときと同じ昭ちゃん、吉川君に加えて、槍ヶ岳山荘でのバイト仲間であった高校生の柴田君を含めた4人。その頃はもうそれなりに経験は積んでいたので敗退こそしなかったが、最初のゴルジュと、中間部のトイ状の滝は高巻き、最後の半円の滝は側壁を登る、という、核心を避けた遡行であった。今回松元さんに誘われてここに来ることを決めたときに、この3つは何としてでも突破しなければならないと考えていた。
ところが実際に取り付いてみると、それほどの難しさは感じす、3つともあっけなく突破してしまった。しかし他の人はそれなりにてこずっていて、落ちたり、ひっくり返ったり、流されたりして楽しませてくれた。賑やかで笑いの絶えない、思い出に残る山行であった。

 9.奥利根・宝川・ナルミズ沢

▼1995年8月26日(土)~27日(日)
▼立木・下野・木元・遠藤・杉浦・小林

本当はこの日は、赤谷川本谷へ行く予定だったのだが、立木さんの強い希望で、急きょナルミズ沢に向かうことになった。3週間ほど前に、増水のため3人の方が亡くなっている沢だが、ここしばらくは天候が安定しているので、そういう心配は不要だろう。技術的にも易しく、平凡な沢だという先入観を持っていたので、実はあまり気乗りはしなかった。
ところが遡行を始めて間もなく、その先入観が完全に誤っていたことを知った。
爽やかな夏の日差しのもと、連続する釜やトロを泳ぎ、ナメをヒタヒタと歩く爽快さは格別のものであった。童心に帰って水と戯れる楽しさを、みんなで思う存分味わった。
そして翌朝、ビバーク地を出発し。スラブ状の奥壁を左に見送った頃から、行く手に何か素晴らしいものが待ち受けているような。漠然とした予感を感じ始めていた。
先頭を歩いて最後の滝を乗越し、左の尾根を少し回り込んで、沢の源頭に立ったときの、あの驚きは忘れられない。「アルプスの少女ハイジ」の舞台を思わせる、夢のように明るい草原が、稜線までずうーっと広がっているのだ。日本の中の、それもしょっちゅう通っている谷川岳のすぐそばに、このような場所が存在するとは知らなかった。本当に信じられない思いがした。
この沢を登って、沢登りの面白さは困難度とは関係ない、という当然のことを、あらためて認識した。本当に良い沢なので、ここだけはせひ会の皆さんにも遡行してもらいたいと思う。

 10.丹沢中川川・モロクボ沢

▼1995年9月9日(土)
▼秦・木元・山本裕・張・小林・杉野・倉島

山と渓谷社から。「丹沢の沢110ルート」という本が発売された。今どき、こんな本を出して商売になるものかと疑問に思ったが、貴重な資料なのでさっそく買い求めた。
110ものルートが掲載されているだけあって、有名・無名の様々な沢が並んでいるが、私が注目しているのは無名の沢である。今まで登山者に知られることのなかった沢でも、内容の濃いものがあるのではないかという期待を持っていたからだ。
そういう視点で選び出したのが、西丹沢最奥に位置するこのモロクボ沢で、集会で計画を発表したら、次々と参加者が集まり、7人もの多人数で取り付くこととなった。
入渓して間もなくのF1は高度差があり、釜も大きくてその先に期待を持たせてくれる。そのF1を左から高巻いて、F5を超えるまでの10分ほどの間は、本当に楽しい時間だった。丹沢とは思えないほどの豊富な水量で、前の週のナルミズ沢を思い起こすような素晴らしさだった。
しかしその先は、単調なゴーロが稜線近くまで続き、あまり見るべきものはなかった。小林君などは、「ぼくが今まで登った中では、ワースト1の沢です。」と断言した。まああまり登られていない沢というのは、やはりこんなものなのかもしれない。

 11.足尾山脈・渡良瀬川・庚申川本流

▼1995年9月28日(土)~29日(日)
▼松野・立木・木元・山本裕・平舘・杉浦

遡行前夜に銀山平まで車で入ったのだが、途中たくさんの鹿が現れて楽しませてくれた。なんだか、サファリランドにやってきたような気分になった。
そして翌朝、目を覚ますと、非常に寒い。この沢は泳ぐ箇所もあるので気が重くなる。立木さんは遡行を中止するよう、みんなを説得していたが、「中止はしない。予定通り行こうよ。」という松野さんの一言で、エスケープしやすい沢であることだし、とりあえず行けるところまで行ってみることにした。
入渓して間もなく、堰堤に行く手を塞がれたために、右岸を大きく高巻かなければならなくなった。堰堤上は広いダム湖になっていて、なかなか下に隆りることができない。結局そのダム湖の、上流側の末端に近いところに下降して。30mほど湖水を泳いで対岸に渡り、さらにへドロの上を歩いてそこを通過した。水はドブ臭いし、最悪であった。
その先はしばらく滝、釜、トロと続くが、現れ方が単発的で、しかもほとんどが容易に高巻けるので、どれも困難ではなかった。一箇所、大岩が組み合わさってできたトンネルを、首まで水につかって突破するところが印象に残ったくらいだ。
水ノ面沢出台より上流は、河原歩きが延々と続くので冗長に感じるが、この寒い日に水に入らなくて済むので、ありがたくもあった。
高巻困難とされる核心部のゴルジュも、見た目は悪絶だが寒さを我慢して泳ぐと、容易に通過できた。
結局、エスケープすることなく二俣まで進んでビバーク。しかし翌日は、未明より降り出した雨のために、稜線までの遡行は中止して、登山道が横断する地点から下山した。
散漫な印象は受けるが。夏の盛りにトロや釜を泳いで通過すれば、かなり楽しめる沢だと思う。『関東周辺の沢」のルート図の取り付き点よりも、林道を奥に入って水ノ面沢から入渓すれば、ドブ臭さに悩まされることもきっとないはずだ。

 12.上信越国境・清津川・釜川右俣

▼1995年9月30日(土)~10月1日(日)
▼木元・宮城・杉浦

この山行は、昭ちゃんがすでに記録を発表している(会報116号}。詳しいことはそちらに譲って、この沢の印象を一言で言い表すと、水量豊富な渓相と三ツ釜のスラブが美しい、沢らしい沢、といったところだろうか。
沢というのは.そのどれもが長い年月を経て自然が作り出したものであって、人間の立場で優劣をつけるべきものではないと思うが、それでも数十本の沢を登って思い返してみると、ある一定の好みが出てくるものだ。
私の場合、良いと感じる沢の第一条件としてあげたいのはまず、水量が豊富であるということだ。いくら滝が多くても、水が少なくては、渇れた枝沢のような印象は免れない。また、井戸の底のようなゴルジュなのに水が乏しければ、陰気で悪絶な感じが先立ち、遡行意欲さえ失ってしまいそうになる。水量が多けれは多いなりの困難や苦痛があるものだが、流れに身を浸しながらの遡行には、他では味わえない面白さがあるし、自然の姿に直に触れているような気がして、なかなか気持ちが良いものだ。
そして第二の条件は、立派なナメやスラブがあるということ。広大なナメやスラブからは、沢独特の、現実離れしたような開放感が感じられ、とても愉快な気分にさせてくれる。
今回の釜川はこの二つの条件を完全に満たしていて、私の好みにぴったりと合う、とても充実した山行をすることができた。下山の途中に通過する小松原湿原も含めて、息つく暇なく見せ場が連続する面白い沢だ。妙な林道が沢を横切っているのは気に入らないが...。

以上12本の他に今年はあと1本、幽ノ沢中央ルンゼを登る際に、幽ノ沢左俣を途中まで遡行している。考えていた以上に面白い沢だったが、やはりアプローチとして通過したものなので、これは中央ルンゼの記録で取り上げたいと思う。

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